「待たせて悪いな」
気絶したカロックの事はどうでもいいのか、一度視線を向けただけでこちらに戻した。
鞭という武器は先端が音速に近くなる。
殺傷能力は低い部類だが、その痛みは切り傷等とは別物で拷問に使われるほどである。
普通の鞭使い相手なら、鞭ごと斬れば良いだけなんだがね…
先ほど斬撃を防がれた際の感触からいって束ねられたら斬れないだろうね・・・厄介な。
「まあ、それなら全部同時に切り落とすだけだが」
そう言って俺は居合の構えを取り間合いを詰める。
ギュンギュンと6本の鞭を唸らせ吼える老虎。
鞭が俺の鼻先を掠めたのを合図に撃ち合いが始まった。
「グルガアアアア!」
殺到する鞭の嵐を迎撃する!
「おおおおお!」
キガガガガッと刀と鞭のぶつかる音が響く。
肩や足に鞭が当るが気にしない。
「何、アレ?」
「まさか、ウィップティガーと打ち合ってるのか!?」
「信じられません…」
「ほら、白ちゃんコッチおいで〜!抱っこさせてよ〜!」
どうやらあっちは終わったようだ顔を向ける事は出来ないが皆一様に驚いているようだ。
アリーナンをのぞいてだが。
そんな時バツンッ!と一際大きな音が響いた。
ふう、やっとか。
老虎の2メートルほどあった全ての鞭が今は半分以下になっている。
乱戦用の居合抜刀のオンパレードだったからな、これで斬らなきゃ『神薙流』は名乗れん。
しかし、あの速度を迎撃しながら同じ場所を狙うのは骨が折れる作業だった・・・。
鞭を斬られた老虎だが、その闘志に衰えはなく。
牙をむき出しにしてコチラを睨みつけていた。
「終わりだな、お前は強かったよ…転生したらまた会おう」
そう言って『神薙流拳刀術』居合抜刀『髪撫』を放つ。
一対一での戦いでのみ使える最速の『髪撫』は、すれ違いざまに居合を放つ抜刀術で抜刀の瞬間に全ての力を集約し認識不可の斬撃を放つ奥義である。
最初から使えって?鞭が邪魔だったろうがよ。
『髪撫』を受けた老虎は一度だけこちらを見て。
満足したかのようにゆっくり目をつぶり、崩れ落ちた。
その亡骸はまるで眠っているように穏やかだ。
亡骸に手を合わせているとゴリッと体から何かが抜ける感覚…何だこれは?
頭を捻りながら仲間の元へと向かうと尊敬の目で見てくるソルファ達…正直居心地が悪い。
「カロックはどうするよ?」
そう問いかけると。
「殺りましょう」
無表情でそう言うアリーナン。
「白ちゃんをよこせとか言う奴に生きる資格は無いわ!」
「お嬢様、落ち着いてください。王宮騎士を殺めたとなると最悪賞金首です。まともな街に入れなくなります」
ソルファがそう言うとリンマードが反論した。
「かといって相手は王族でしょう?今でも命を狙われてることに変わりはないんですから、後腐れなく殺っちゃても良いと思うの」
「無謀。」
う〜ん、と頭を抱えているとパルプウルフを仕留めた方から黒い2メートルほどの狼が歩いてきた背中には紫の毛玉が乗っている…サウス、また階位があがったのか。
あの紫の毛玉は…白だった。
「またサウスと一緒に食ってたのか?腹壊すぞ…ん?」
白は猫の尻尾が狼のソレになっていたフサフサである。
目立った変化は色と尻尾くらいか?
いや白の毛のフワフワ感が無くなりゴワゴワになっていた…毛の質まで貰わんでも良いだろうに。
サウスはまた一回り大きくなって毛皮の色が黒くなっていた、中々にカッコいいじゃないか。
「キューン……」
サウスがしょんぼりと口に咥えた物を渡してきた…10円玉と紐で作った首輪もどきだ。
そうか、体が大きくなったから紐の部分が切れたんだな…
サウスを撫でてやり何かないかと辺りを探す。
「お、これ良いな」
カロックの腰に着いていた鞭だ。
刀で裂いて紐にする、ついでに白の首輪も手直しだ。
「これで大丈夫だな。」
また切れたら困るので鞭は拝借しておこう。
「ガウッ!」
意外とサウスも気に入ってくれていたようだ。
ちょっと嬉しい。
「うぐぅ…き、貴様!なぜ生きている!ウィップティガーはどうした!」
カロックはキョロキョロと辺りを見渡し老虎の亡骸を見つける。
「バカな!契約を上書きしているだと!貴様程度の魔力で一体どうやって…」
契約を上書き?どうゆうことだ?聞こうとしたら先にソルファが答えていた。
「イチナはウィップティガーと正面から打ち合い勝ったのだ。強きを求めるモンスターが主と認めても不思議ではない程の力量を十分に見せてな」
ん?テイムと何が違うんだ?
「なあ、リンマードよ。契約ってのはテイムと違うのか?」
「え?はい。テイムは『狩猟と隷属』の神ですが契約は『契約と執行』の神が司っていて。根本が違うんです。テイムは捕獲、調教し従順になったモンスターを従えますが。契約は条件で縛り破った場合、食べられちゃうことも有りますから人気がないんです。大体は魔力を餌にして短い間の契約・・・たとえば戦争とかですね。その方が多いのですがイチナさんの場合あちらが主と認めてますから多分長く付き合うと思いますよ?」
リンマードは「よかったですね?」などと言っていたが・・・肝心の老虎は切り殺したばかりなんだが?
「まあ、とりあえず置いておこう。おい、王宮騎士。お前の上役に伝えろ。これ以上アリーナンに手を出すようなら、斬り散らすとな」
ちょっと今のかっこよくなかった?
アリーナンは紫の毛玉に夢中で聞いてはいない。
ソルファとリンマードは俺をキラキラした目で見ている。
「そこまでお嬢様を」とか「愛ね……」とか聞こえるが気にしない。
ハーネは相も変わらず、表情が読みにくい顔でこっちを見ている。
「私を殺さなかったことを後悔するぞ、必ずな!」
居れた足を引きずりながらそんな事を叫んで去っていくカロック。
ちなみに剣と鞭は没収してある。
途中で襲われないと良いね!
さて、改めて老虎の亡骸の前に来た。
カロックは転生するとか言っていたが…
こら!サウス!それは食べちゃダメです!
白は流れる血を舐めていた。
絶対いつか腹壊すと思う。
白が発光して光が収まったら、実に予想通りの姿があった。
白い体に黒い縞模様、それだけ見るとホワイトタイガーだが実際は子猫である。
そして肩口から1本ずつ白い毛で覆われた鞭?が生えている…鞭というより尻尾が肩から生えている感じだなこりゃ。
白、自身いまいち使い方が分かってないのか両方一緒にクルクルと回すだけである。
そんな白に癒されていると老虎の亡骸に変化があった。
青い光の粒となり空へと上がって行くのだ。
美しい、実に美しいのだが……転生とやらはどうした!?
そんな光景を全員で眺めていたのだが。
青い光の中にモゾリと動くものがあるのを見つけた。
虎だった、まごうこと無き虎だった。
ただし肩に鞭の着いた子供の虎では有るがな。
「まさか…」
あの老虎か?と続けようとしたのをアリーナンに遮られた。
「何この子!…やだっ!凛々しくて素敵じゃない!白ちゃんにも負けない魅力がこの体には詰まってるわ!」
そう言って抱き着こうと突撃する。
転生前の記憶が残っているのか。
30センチほどの小さな体と体と同じほどの長さの鞭をうまく使い突撃してくるアリーナンを躱した。
地面を滑るアリーナン。
それを一瞥しこちらに向かい歩いてくる。
そして俺の前に来て首を垂れる。
なんだろうな、あの老虎だったとはいえ子虎になったこいつに頭を下げさせてると物凄い罪悪感が沸いてくる…。
どうしたもんか、と悩んでいたらソルファが助け舟を出してくれた。
「名前を付けてやれ、事前に魔力を与える事と名を付ける事。契約はその二つで結ばれる。しかしモンスターは本来そのままの姿で転生するはずなんだが…」
魔力なんて・・・あっ!
手を合わせた時ゴソッと体から抜かれたような感覚、あれか!
まさか与える魔力が少なすぎて子虎に?
カロックも俺程度って言ってたし、否定できんな。
とりあえず名前だな。
「うん、お前は今日から『黄助』だ。よろしくな」
「がぅ」
子虎なのにえらく落ちついた返事である。
黄助はまあ色から取った、白も然りである。
サウスは俺の名前の一南から南を取り英語にしただけ。
安直とか言うな。
明日はいよいよ王都である。
正直心配ではあるが、まあ何とかなるだろう。
今は黄助に襲い掛かるアリーナンをどうにかしようと思う。