「み〜み〜?…」
ぺちぺちと鼻を叩く感覚……
「み!」
「いてぇ!」
サクッと鼻の頭に白の爪が刺さり飛び起きた。
白は俺の顔に乗っていたようで、飛び起きた際に飛ばされて放物線を描く。
「み〜、み!」
流石、猫。
シュタッ!と見事な着地である。
白は着地を決めて、ムフーと満足げだ。
俺は鼻の頭を押さえながら、苦笑する。
朝の一服…を我慢して顔を洗いに宿の裏にある井戸へと向かう。
もう3日吸っていないんだぜ?俺凄くね?
実は煙草の残りが後5本。
5箱じゃなく5本だ。
自慢にならないが俺は、2カートンを5日で吸いきる男だぜ?
これでも良くもった方だと思う。
ソルファに今更、葉巻の一種だという訳にもいかず。
我慢しているという訳だ。
これからは大事な一戦の前に一服するくらいだ…例えば時姫戦とかね!
そう思うと俄然明日が楽しみになってきた。
…熊に潰されてなければまだ手元に残っていた筈なのにな。
改めて鎧熊に怒りを感じながらも、井戸に着くと先客がいた。
「おはよう!イチナおじ…さん!」
言い直したが結局おじさんになっているぞ?
「おはよう、マルニ。ずいぶん早いな。それと、言いにくかったら。好きに呼んでくれていいからな?」
マルニ相手にこれは少々冒険のような気がしないでもないが。
「ん〜、じゃあ。『イッチー』で!これから水汲みがあるの。白ちゃんは?」
おじさんかと思ったらいきなりあだ名だった。
イッチーか、また懐かしいあだ名を付けられたな。
しかし、えらくフランクになったな。
まあ、好きに呼んでいいと言ったのは俺だし文句は無い。
……社長は元気にやってるだろうか?
「置いて来た。水を嫌がるんでな。顔洗いに来ただけなんだが、朝は来たがらないんだよ」
じゃあ早く戻らないと!と汲んだ有った水を渡してきた。
「これ、店で使う水だろ?大丈夫、自分でやるさ」と断って自分で汲む。
顔を洗い少々マルニの手伝いをして部屋に戻る。
ん?鍵が開いてる?
……人の気配がするな。
カロックから白の事は当然、報告をうけているはずだ。
また、出来の悪い『王宮騎士』共か?
そう思いながら、そっと扉を開く。
そこには…
白を囲む様に4人の黒装束と
「ハァハァ、可愛いわぁ。この子をあの豚に渡すなんてできないわ。このままお持ち帰りよ!」
白にジリジリとにじり寄るピンクの装束に身を包んだ、女言葉の大男がいた…
おもわず、扉を閉めそうになる。
「何、言っているんですか。豚じゃなくバラーグ様でしょ。それに命令です」
恐らく部下であろう者のツッコミも聞いちゃいない。
豚の名前はバラーグね、恐らくアリーナンが結婚するはずだった王子って奴の事だろう。
取りあえず後ろから、ピンク装束の後頭部に前蹴りをお見舞いしてやった。
「ぶべっ!」
壁に顔面から突っ込むピンク装束。
自分でやっといて何だが…痛そうだな。
その隙に白は俺の足元に走ってくる。
み〜!み〜!とピンク装束に恐怖を覚えたのか足元から離れない白を拾い上げて、問いかける。
「誰お前ら?白を攫って豚にって事は王族関係の暗部か何かか?」
…おい、こら白。よじ登るな。
何がしたいんだ、お前は……?
今、シリアスな場面だからな?
白は俺の肩めざし、もちゃもちゃと移動中だ…支えてないと落ちそうで怖いな。
そう言った瞬間、黒装束の1人が襲い掛かってきた。
手には大ぶりなナイフ、装束で隠され外見は分からず。
ただ、瞳は見えるが赤や緑など色は違うがこの世界では参考にならん。
ナイフをよけ、ローキックで踏み込んできた足を叩き折り。
白を支えているのとは別の手で、肺に一本拳を打ち込む。
コヒュッと崩れ落ちる黒装束。
「質問には答えような?」
残りの黒装束が構えると「止めなさい、私たちじゃ勝てないわよ」ピンク復活である。
鼻の部分の布地がピンクでは無く赤く染まっている。
ピンク装束の瞳は赤と青のオッドアイだった、オカマ口調にオッドアイ。
何とも特徴のオンパレードである。
「隊長、喋らないでください」
「バラーグ様の名前を聞かれた地点で遅いわよぅ。それに私は彼を敵に回すべきじゃないと思うの。…彼が部屋に入ってきても気づかなかったのよ?この隊長の私ですらね?」
それは……と隊員が呟く中、ピンク隊長は自分の装束の頭部分を取りこちらに頭を下げた。
さっきは豚呼ばわりだったのに今は様づけ…
名前を言ったのは部下なのだが隊長にそれをとがめる気配はない。
「まずは謝罪するわ。命令とはいえ、その子を狙った事を。私の名前はガナクス・グレーム。レームと呼んで頂戴。それとこの子たちは勘弁してあげて?基本的に顔見せ厳禁の職場なの」
青髪でサラサラのロングな髪が装束から解放される事によりフワリと広がる。
そして細い眉と髭を剃った青い後…。
目は鋭く、唇には赤い口紅がこれでもかと塗られていた。
だが、顔全体がゴツゴツと男臭く、体も2メートルは有ろうかという巨体。
途轍もないアンバランスさに1歩引いてしまった。
香水でも付けているのか何か臭い。
何というか…存在自体が濃い。
ピンク装束の頭巾を取らない方がまだよかったと思う。
「私たちはバラーグ様の命令でこの生き物を攫いに来たのよ。バカ魔力に加えて、加護持ちの生物何て…神に愛されているとしか思えないしね?王族はそういう物を手元に置きたがるのよ」
実際、愛されているし加護も2つ処の話じゃない。
レームは白に向かいウインクをかます。
白は肩への移動を諦めて、俺の腕の中でレームを威嚇していた。
…結局、何で肩を目指していたかは謎のままだが。
「俺が聞いといて何だが、言って良いのか?そんな事。」
「別に〜?私たちは『王』に仕えているのであって『王子』に仕えている訳じゃないもの。最優先は王の命令よ?今回は直接命令して来たから、動いたけどね」
優先すべき命令が無かったから来たのか、何か命令が有るからあっさり喋ったのか判断に困るな。
「そろそろ行ってもいいかしら?私もまだヤルことが残ってるのよ」
まあ、聞きたいことは聞けたからいいか?
それに、これ以上レームを見ているとSAN値が無くなりそうだ。
「ああ、さっさと消えてくれ。白が怯えてるし、俺も怖い。」
まっ!失礼しちゃうわ!と言いながらイソイソ準備を始める。
それを見て、窓を開けて飛び出していく隊員達。
レームだけは足の折れた隊員を軽々と担ぎ扉から堂々と出て行った…
すれ違う時に「また後でね?」と言いながらバチコーン!とウインクし投げキッスをよこすレーム。
つい、叩き落とす動作をしてしまった。
また後でとは登城したら会うという事だろうか?
あまり会いたくない手合いである。
しかし、登城する前に濃い奴とあったせいか何か疲れた…
はぁ、そろそろ行くか。
取りあえずアリーナンやソルファ達に声を掛け宿の前に出る。
「行ってらっしゃ〜い!」とマルニが宿の中から手を振っていた。
俺達も手を振り返し、一度馬車へと向かう。
「んもう!遅いじゃないのよ!私日焼けしちゃうわ!」
そこには、「シミになっちゃう!」と言っているレームの姿があった。
どうやら俺たちを馬車を前で待っていたようだ。
あのピンク装束ではなく、黒い重厚な鎧に国の紋章が入った赤いマント。
まるで騎士である。
しかし、むしろピンク装束の時よりもケバイ化粧をしているため近寄りたくない。
アリーナンを除き、道行く人までもが引いている…
また後で、とはこの事か。
レームはコホンと咳払いをして、真剣な顔つきになり。
「我が王、ザルナク・ヴァン・ドメイク・ハンカーテス様より貴殿等の案内を命じられた。ガナクス・グレームだ。よろしく頼む」
その真剣な表情をケバイ化粧が台無しにしていた。
一応の形式はすんだのか、レームはすぐに『オカマ』に戻った。
「挨拶はこれ位でいいわね?貴方達の事は調べてあるから不要よ。それじゃあ、城に向かいましょうか?」
レームに促され俺達は自分たちの馬車に乗り城へと向かう。
サウスと黄助に女将さんに作って貰った弁当を上げながら、アリーナンにレームの事を聞いてみた。
「グレーム様の事?……私もお化粧習おうかしら?」
「ヤメロ。それ以上残念になってどうする。それにそう言う事を聞きたんじゃない」
「え?違うの?そうね、たまにパレードとかでお見かけするわ。王の近衛である黒金隊を率いていた筈…。近衛の部隊は良く知らないのよね。一番お見かけするのは金獅子隊のバーマック様ね。良く城下で買い食いしてるわ、何の部隊か知らないけど」
結局部隊名しか分からないか…
まあ、王の近衛なんてそんなもんだろうな。
そんな事を話している内に城についてしまったようだ。
城門は開かれており、かなりの数の商人が出入りしていた。
大きなリュックを背負い両手に何かをパンパンに詰め込んだ袋を下げた者や、馬車の荷台をリアカー代わりにする猛者まで。
「なあ、あの商人達は何を運んでるんだ?」
「うふふ、貴方。初めてなのね?」
思わず殴り飛ばしそうになったが、レームが言ってるのは『この城に入るのは』という事だ。
気持ちを落ち着け言葉を待つ。
…次に下らないことを言ったら整形してやろう。
「この城には『祭壇』があるのよ。正確には『祭壇』のある所に城を建てたの。だからこの国では商人たちが『次元の加護』を袋につけてもらうために城を訪れるのよね。教会で付加アイテムを作ろうとすると結構な寄付金が必要だし。近くの祭壇に行くにも冒険者を雇わなきゃいけない。だから、袋の元手と商人たちの頑張りで付加アイテムを作れるここに集中するわけなのよ。もちろん祭壇だから捧げものさえすれば、次元の神だけじゃなく他の神も降りてこられるわよ?」
視線を祭壇の方へ向けると広場の中心に小さな石柱が屹立していた商人が柱の前に袋をぶちまけると柱を中心に10メートルくらいの白いドームが形成される。
「神と会っている間はあの結界の中は見れないの。ほら!そんな事より、王がお待ちよ!歩いて、歩いて!」
はいはい、と返事を返し歩みを早める俺達だった。