俺達が結界の外に出るとソコは静寂に包まれていた…どうしたんだ?
「いや〜凄まじい戦いでしたね。それにまさかFランクのイチナくんが結界を抜くとは思いませんでしたよ。……これはFに置いておく訳にはいきませんね」
そんな事を言うハフロス。
最後のは小声で聞き取れなかったが。
「流石イチナよ!大儲けだわ!」
ムホホホ!と笑うアリーナンに脱力する。
ようやく復活したギャラリーたちがアリーナンに詰め寄っていたソルファ達が抑えているが持ちそうにない。
「てめぇ等知り合いか!」「金返せ!」「八百長かこの野郎!」など等。
今、金貰いに行ったらまずいかな?
しかしまあ、ほっとく訳にもいかんか。
「何よあんた達!負けたんだから大人しく帰りなさい!このお金は私の物よ!」
おい、俺には払えよ…俺に賭けた奴が居ないのが良くわかる台詞だったな。
ムホホホ!と火に油を注ぐアリーナンにソルファ達は涙目だ。
「おい…」
詰め寄る奴らに殺気と共に声を掛ける。
「何だよ!今い、そが、しい…」
俺の殺気に全員が振り向いたので言葉を続ける。
「八百長と言ってたが…そう思うなら試してみるか?幸いまだ結界はある。全員で来ても良いぞ?お前らの中にファルナークの様に死んで欲しくない奴は居ないがね?」
脅しも兼ねて刻波の鞘に左手を添える。
あははは、失礼しました〜。と波が引くように馬車の前から去って行くギャラリー達。
「…アホかお前は、挑発してどうする。それと俺への配当を忘れるなよ?」
自分で額を小突きテヘペロと舌を出すアリーナンに仲間達から冷たい視線が突き刺さる。
「分かってるわよ!皆してそんな目で見なくてもいいじゃない!え〜とイチナへの配当ね…数えるのが面倒だわ。このくらいでいいでしょ?」
うんうん、と頷き適当に金を詰めるアリーナン。
はい!とずっしりと重い袋を渡してくる。
袋の中を覗くと…
「おい、ほとんど四角銅貨ばかりなんだが?そして、何でそっちには銀貨で溢れているのか教えてもらいたいな?」
「お嬢様…」「アリー…」「相変わらず残念」
左からソルファ、リンマード、ハーネである。
「や、や〜ねぇ偶々よ?適当に詰めたらそうなっただけなのよ?…もう!分かったわよ!ちゃんとやれば良いんでしょ!」
イチナは細かすぎるわ!などと、ほざきながら改めて袋詰めを開始する。
細かくは無いだろうが!…当然の権利だ。
袋詰めの監督をソルファ達に頼んで俺はファルナークの元に戻る。
「のう、イチナよ。これからどうするのじゃ?何だったら我と飲みにいかんかのぅ?」
「そうしたいのは山々だが宿で白達が待ってるからな。…ファルナークも来るか?」
「うむ、行こう」
即決だった。
ファルナークの同行が決まり馬車に戻るとソルファが配当金を渡してきた。
「どうぞイチナさん、配当金です」
中には四角銀貨8枚と丸銅貨11枚と四角銅貨50枚が入っていた。
…ふむ、倍率は10倍か。
無名の俺とAランクのファルナークの対決だから、むしろ賭けになった事が驚きではあるが。
「なんじゃ、イチナ。お主、自分に賭けておったのか?…負けるつもりは無かったという事じゃな。うむ、うむ!それでこそ我の婿に相応しい」
…まあ、良いように取ってくれたようで何よりだ。
ファルナークはクフッ、クフフッ!と笑いながらそんな事を言っていた。
「負けるつもりは無かったがコイツは軽い願掛けの積もりだったんだがね。…まあ、いいか」
話を聞いていないファルナークを引きずり馬車に乗る。
そのまま宿に戻るのだった。
「たっだいま〜!女将さん!…あれ?いない?食堂の方かな?」
白た〜ん!とアリーナンの中で女将さんへの挨拶は終わったのか白まっしぐらである。
「なんじゃ?あの娘は?」
「気にするな…俺達も行こうか」
白が大人しくしていたか心配では有る、サウスと黄助がいれば多少の事は何とかなるだろうが…
そんな事を思いながら食堂に入っていく。
ん?なんだ?えらく静かだな…客は多いんだが。
慌ただしく動いているのはマルニだけ。
女将さんは厨房を手伝っているようだ、女将さんの怒号が厨房から聞こえてくる。
俺はサウスと黄助を見つけ、そちらに向かい歩き出す。
「留守番させて悪かったな…白はどうした?」
サウスの頭をひと撫でして白が居ない事について聞く。
「がぅ」
「ガウッ!」
…まあ、分からんな。
「あ!イッチー!お帰り!ちょっと待っててね?この料理運んだら注文取りにいくから!」
「あ、ああ…慌てて転ぶなよ?」
はーい!と料理をもってテーブルに走って行く。
「中々元気な子じゃな?それに凄まじい魔力じゃのう…」
「ん?そうだったのか?」
そう言われマルニの方に視線を向ける…エプロンのポケットから白が顔を出していた。
……なぜそこに居る?
お待たせしました〜!と料理を置く笑顔のマルニと料理を食べたいのか手を出してブンブンと振っている白。
それを見たお客は頬を緩ませ料理を受け取る。
「おや、あんた無事だったのかい?…それに時姫を連れて、口説いたのかい?」
「違うぞ女将。我がイチナを口説くのじゃよ。何せこやつは我の婿じゃからな。クフフッ」
惚れ込まれたね!頑張んな!そう言ってバシバシ俺の肩を叩く女将。
…頑張るのは俺じゃないんだがねぇ。
「あ!お母さん!イッチーの注文は私が取るんだから!アリーちゃん達のをお願い、何でか白ちゃんが行きたがらないの」
はいはい。と顔を出して、アリーナンを威嚇する白を撫でてからアリーナン達の注文を取りにいく女将さん。
マルニに注文して料理を運んで来たマルニが突然謝って来た。
「あの…ゴメンねイッチー。最初はサウスちゃん達と大人しくしてたんだけど、イッチーも居ないから白ちゃんが自由に動くし…あっ!黄助ちゃんもサウスちゃんも頑張ったんだよ!!でも、それを見てお客さん達も騒いでお母さんの雷が落ちるし。白ちゃんを持ち帰ろうとする人が沢山居るし。ほら、白ちゃんイッチー帰って来たんだよ?」
「み?……み〜!」
エプロンのポケットから飛び出して来た白は途中で失速し落下。
俺が動いて落ちる前に拾い上げる。
「すまんな白、寂しい思いをさせたな?」
み〜、と鳴く白を撫でながら持って来てもらった料理を摘む。
「魔力はコヤツのモノか。確かに愛らしいがアソコまで熱狂的になるものかのぅ?」
そう言ってファルナークはアリーナンの方を見る。
「ポ、ポケットに白たんですって!何て発想!…そうねポケットに入ってたら気付かないわ。ええ、誤って入って持ち帰っても気付かないなら仕方ないわね!」
ハァハァと完全に変質者である。
「の、のう、イチナ…アレはほっといても良いのかのぅ?」
かなり引いた様子で聞いてくるファルナーク。
「ああ、アリーナンに白から近づく事は無いから、な?」
片手で白と遊びながら食事を終える。
「さて、食事も終わったし俺のツレでも紹介しようかね」
俺は席を立って白とともにサウス達の処へとファルナークを連れて行く。
「さっき見たよな?コイツがサウス。んで、黄助だ。コイツはファルナーク。これから、ちょくちょく来るだろうから顔見せだ。ほら、挨拶」
白を放すと、白はサウスの上へとよじ登り、黄助に鞭で体の上へと上げられる。
「み!」「がぅ」「ガウッ!」
「あ、ああ宜しくの…皆、賢いのじゃのぅ」
ファルナークに動物タワーを見せてムフーとご満悦の白。
「白た〜ん!あ〜そび〜ましょ!」
そう言って白に突撃していくアーリナン。
「おい、何してる。学習しないのか?」
アリーナンの襟首を掴んで止める。
「私ね思ったの…マーニャはライバルでしかないって」
そら、お前のご同類だからな…当然だろうよ。
「だからね、私。白たんの為に魔法を造ったの。それが…コレよ!!」
そう言って天に手をかざすアリーナン、ソコに力が集まるのを感じ嫌な予感しかしなかった。
「コレこそ新魔法『白たんへ捧ぐ愛!』よ!」
……猫じゃらしだ、紛う事無い猫じゃらしである。
コイツ俺の世界と交信でもしてんじゃないのか?
猫の本能とか知らずに、愛だけで猫じゃらしを造るコイツは天才だろう…残念が付くが。
「くっ!やはり『白たんへ捧ぐ愛!』は消費が激しいわね。…決めるわ!!」
なんかカッコいい感じで言っているが、白に向かい猫じゃらしを振っているだけだ。
白は威嚇しながらも体は動くという不思議体験をしている最中だ。
黄助は本能を理性で固めて体は微動だにしない…すげぇな、おい。
サウスが目の前をチラチラ動く猫じゃらしにイライラし始めていた。
「うふふふふふふふふっ」
猫じゃらしにじゃれる白にトリップするアリーナン。
アリーナンの後ろから近づき、首すじに手刀を落とす。
「ふふ、ぶべ!?」
意識を失い崩れ落ちるアリーナン。
「…よし」
「いいんか?コレ…」
アリーナンは夢の中でも白と戯れている事だろう。
ウエヘヘヘと気持ちわる…よさそうに気絶していた。
ソルファが来て「ご迷惑をお掛けしました」とズルズル引きずり回収していった。
俺とファルナークはカウンターに座り酒を頼んで飲み始める。
そう言えばこっちに来てから初めて飲むな・・・
「我の婿に乾杯!」
「いや、せめて出会いにしような?」
乾杯とコップを鳴らしてお互い一口、口に含む。
「のう?イチナ〜もちろん今日はお主の部屋に泊めてくれるんじゃろ〜?」
あれ?何か口調がおかしいんですけど?
「おい、ファルナーク。まさか一口で酔ってないよな?」
「何を言うか!酔ってると言う方が酔っておるのじゃ!」
意味不明ですよ?
俺も強い方じゃないがここまで弱い奴も初めて見たぞ。
魔法を教えてもらえるか聞こうと思ったんだがコレは今日は無理だな。
「クフフフフッうまい!もう一杯!」
顔は上気し何時もより色っぽく見えるのもマズイ。
というかこんなんで、俺を酒に誘っていたのか!?
「ファルナーク。もう止めておいた方が……」
まさか1杯飲んだ程度でこのセリフを言うとは思わなかったな。
「…何じゃそのふぁるなーくとは…」
「いや、お前の名前だろう?」
何言ってんのこの酔っ払い…?
「のう、イチナよ。もっとこう愛情を込めた名前をくれんかの?」
「え〜と?あだ名とか愛称とかの事か?」
そうじゃ!と意味も無く俺を指さすファルナーク。
「じゃあ、ファルで「だめじゃ!それは、とと様とかか様に呼ばれた。」え〜…」
どうやら呼ばれた名前は駄目らしい。
正直、ネーミングセンスという物がない俺には難題である。
ファルナークの容姿は前髪パッツンのロングヘアに灰色の髪。
額に2本の短い角を持ち細い眉に少し吊り上った目。
形に良い鼻に、綺麗な肌と金色の瞳。
ふむ、実はすごい好みだったりする。
「な、何じゃいきなりじっと見おって…惚れたか?クフッ」
既にガトゥーネを倒したら嫁にもらう宣言をしてなければ、部屋にお持ち帰りしていただろう。
「…ルナ、お前はルナな?」
金色の瞳が月に見えた…くさいな。
確かルナはイタリア語かスペイン語だったか?
そう言えばコッチの月は何て名前が有るのかねぇ?
きょとんとした後に満面の笑みを浮かべるファルナーク改めルナ。
「ルナ…、ルナか。うむ!良かろう!これからそう呼んでいいのはお主だけじゃ!」
クフフッと上機嫌で酒をあおるルナ…いや、止めとけって。
ルナ何てすでに付けられていそうなモンだがね?
しかし、『ルナ』と呼んでいいのは俺だけか…中々にグッとくるものが有るな。
「クフフ……ZZZ」
突然カウンターに突っ伏し寝息を立て始めるルナ。
どうすんだよ、コレ。
「おい、ルナ。起きろ。2杯で寝るとか弱すぎるだろ。…しゃーない。マスターお勘定お願い」
酒代を払ってルナを横抱きにする。
所謂お姫様ダッコと言う奴だ、コイツの宿も家も知らないし俺の部屋に連れて行く。
「おや?…眠った所をお持ち帰りかい?あんたも中々やるねぇ」
女将さんの一言を受け、返す言葉も無い。
「あ〜、部屋に寝かせてくるだけだよ。流石に寝ている間にどうこうしようとは思わないさ。…俺は何処で寝るかね」
自分の部屋のベットにルナを置いて下の階へと戻ってくる。
ちょくちょく様子を見に行ってみたが起きる気配はなかった…
結局その日、ルナは起きる事は無く。
俺は同じ部屋の床で寝る事となったのだった。