『愚痴ぐらいはきいてやる。』

〜 I ギルドと異世界かぶれ。〜




ここは王都の裏路地の一角、細々と営業する一軒のバー『ネリネ』
少々古めかしい内装の店内は昼間だからか客は1人しかいない。
今日の飾りは先日購入した『変わり種』の日本刀『菊ノ嬢』のようだ。
買った後で名を確認していたので店主が付けた名ではない。


「暇だ・・・」
昼間からこんな店に来る物好きはそうはいない。
今いるのはその物好きの酒好きじじぃだけだ。
ボトルで注文してつまみは持参と迷惑だか手間のかからない客でもある。

「おい、コウ酒が切れたぞ!持ってこんか。次は強めのヤツだな、もちろんボトルで。」

このじじぃが来た日はカリュートに連絡を入れないと夜の営業に差し支える。
酒を持っていくだけの仕事なので暇ではあるが、その酒が次々に消えていくのだ。
ボトルで持っていくのに、こいつ人族なのに、ウワバミとはこのじじぃのためにある言葉だろう。
一仕事終えた後かモンスターの素材が詰まった袋を持っている。

「早いわ、この呑兵衛が。さっき持ってってから30分と経ってないぞ。店の酒を飲み尽くす気か。」

そう言いながらも酒を片手にじじぃの待つテーブルへと向かう。

じじぃの容姿は、10cmほどの白髪が重力に逆らい伸びており、まるで仙人とでも言わんばかりの白い髭がある。
眉は太く意志の強さを感じさせるが、酒で潤んだ瞳が台無しにしてくれる。
とても70を超えているとは思えないほど筋骨隆々とした体に魔法使いのローブを纏い、足は重騎士が装備するようなグリープと今は外しているが手の装備は棘のついたメリケンだ。
入ってきたときは背中にハンマーと魔力を帯びた木剣、腰にレイピアと分銅つきのチェーンを差していた。
何より不可解なのがこのじじぃ、魔法使いで『後方支援』なのだ。

そして極め付けは、このじじぃの名前。
『名無しの権兵衛』
愛称は「ゴンじぃ」。
明らかに偽名だが問題はそこじゃない。
なぜの言葉を知っているか?だ。
まあ、俺が異世界人であることを言わない限りあっちも教えてはくれないだろうが...

ゴンじぃが酒をのんでいるのを見ていると突然ドアが開いた。
どうやら来客のようだ。

「いらっしゃいませ。」

「すいません、賢者様。お客じゃないんです・・・」
新米冒険者のセシルがそこにいた。
「客じゃない?ならセシルはどうしてこんな所に?」

「はい!ギルドのおねーさんに頼まれて、賢者様を呼びに来ました!」
ようは、パシリですね。
元気よくパシリ宣言をするセシル。
しかしギルドからの要請ね・・・なんかしたかな俺?
「それは断れるのか?」
「えっ!一緒に来てくれないんですか?」
目に見えてしょぼくれるセシル、何故か罪悪感が沸き上がる・・・
「はぁ、言ってみただけだからそんなに落ち込むな今から準備するから待ってろ。」

はい!と元気に返事を返すセシルを尻目にゴンじぃに声をかける。
「ゴンじぃ話はきいてたろ?そういうことで店を閉めるから・・・すまんな、せっかく来てくれたのに。」
「む?まあ気にするな、後一軒よったらワシも行くしな。」

素材の袋を掲げ返事を返すゴンじぃ。

その返事にかるく頭を下げ、あまりセシルを待たせるのもいけないと思い準備に取り掛かる。
バーテンの服から着替え、使わなくなって久しいギルドカードをポケットにしまう。
そして飾り用の壁掛けから刀をとり、腰に『菊ノ嬢』を差し準備は完了だ。

「ん?ゴンじぃはどうした?」
「ゴンべさんなら先に行くって出でかれましたよ?代金はそこに置いあります。」
こっちの人間には『権兵衛』は言いにくいみたいで縮めて呼ばれることが多い。
俺は代金を確認してから店を出てセシルと共にギルドへ向かう。

「なんだ?」
ギルドに着くとやけに騒がしい、まあ静かなギルドなんぞないんだが。
とりあえず受付で何故呼ばれたか聞いてみることにした。

「すまんがランクDの高田公一だ。呼ばれて来たんだが何かあったのか?」
そう言って確認のためのギルドカードを受付に提示する。

「ああ!『初心者賢者』!やっと来た!まったくセシル君をパシッて呼びに行かせたんだからもっと早く来なさいよね!ほらさっさと訓練所に行く!お客様が待ってるでしょ!」
セシルをパシリにしたのはこの受付嬢のようだ… そして何の話か一切分からない。
もう少し話を聞こうとすると、さっさと行けと睨んでくる・・・
もうこれは大人しく訓練所へ行った方が良さそうだ。
しかし『お客様』ね…
分からん。

そんなことを考えながら訓練所の扉を開けるとそこには・・・


『なんちゃってレディース』がいた。

ピンクのロングコートに漢字でデカデカと『喧嘩上等!』と入れてあり、他にも『美』や『勉愛』などまさに日本かぶれの外国人がチョイスするような漢字が魔力を込めて書いてあった。

こちらに振り返った彼女はなんだろう…
こう、服装以外は仕草も含めお姫様だっだのでいろんな意味でがっかりさんだった。

「あら〜、あなたが『初心者賢者』様ですか〜?」

振り返った彼女の服装はロングコートはもちろん、下はだぼだぼのズボンの裾を絞ってボンタン風にしている。
腰ほっそいな。
上は流石にサラシではないが、通常服の上に付ける軽装の胸当てをしているだけだった。
歳は27,8といった所か、服装が全体的にピンクである。

美しい長い金髪をポニーテイルにしていて、垂れ目気味の赤い瞳はドレスなんかがよく似合いそうな人妻臭漂う美女だ。
ただその話し方はいかがなものか?

「えっ、えぇ高田公一です。一応『初心者賢者』と呼ばれています。不本意ですが。」

「私は〜アンリ・ジュアーネ・ジョニー・金剛寺・ソクラテスです〜。一応この国の第1王女やってます〜。」

は?
あまりの発言に固まってしまった。
王族といえば、それこそ冒険者には縁のない存在だ。
とんでもない功績をあげたとか、勇者でもないかぎり王女なんぞ顔もわからん。
ミドルネームにある金剛寺は確かこの国の建国に関わった勇者で、ジョニーはアメリカから召喚された3代前の勇者だったはずだ。

「その、王女様が私めになんの御用でしょうか?」
「普通に話してくれていいですよ〜?用というのはですね〜、おじい様を探して欲しいのです〜。」

本人はいたって真剣なのだがどうも真面目に聞こえない。
正直王家で見つけられない者を一冒険者、しかも引退した俺に探せとは・・・

とりあえず理由を聞いてみよう。

「おじい様は〜、第4王女のリアラちゃんをと〜ってもかわいがっていて〜、そのリアラちゃんが〜、今度13歳の成人を迎えるんです〜。」
「それはおめでとうございます。」
王家は成人の時に何らかの儀式があると聞いたことがあるがそれに出席して欲しいとかそんな感じか?
「それで〜、王家には成人の儀式があるんですけど〜、あるダンジョンに決まった装備で単身でアタックするんですよ〜」
「あのもしかして王女様が装備してるそれは・・・」
「そうです〜、私のアタックの時の装備です〜。この方が冒険者っぽいかしらと思って〜」
頬が引くつくのがわかる。
「えっと、それじゃあその字みたいなのは何ですか?」
「これは勇者金剛寺様が残した古代文字で〜、こうやって服に入れたのは勇者ジョニー様なの〜!あっリアラちゃんのは赤色なのよ〜」

・・・この半端な特攻服はジョニーのせいか!
金剛寺様とやらの残した漢字も王家では保存しているらしいな。

「しかし決まった装備とは?その服だけではないので?なぜおじい様を?」
「これは防具ですもの〜武器は別なの〜。そしてその武器をおじい様が全部持って行っちゃったのね〜。このままじゃ成人の儀式ができないわ〜、ね、お願い力を貸してちょうだい?」

おじい様何やってんだよ・・・
思った以上に大事すぎて頭が痛い。
王族の頼みを断れるわけもないし、やるだけやるか・・・

「わかりました。とりあえず武器の詳細を教えてください。知り合いの商人や冒険者に聞いて情報を集めますので。」
「たすかるわ〜、じゃあ言うわね『グランハンマー』と『聖樹木剣』、レイピアの『レイスライグ』とチェーンの『封天の鎖』そして最後にナックルの『アースクラッシュ』よ〜」

・・・ハンマー、木剣、レイピア、チェーン、ナックル?
あれ?
すごく思い当たるんですけど…

いや、まだ決まった訳じゃない。
「すいません、心当たりが有るのですがおじい様の容姿を教えていただけますか?」
「はい、もちろんですわ〜。」

王女様の口から出て来た言葉は、まさにうちの客『ゴンじぃ』そのものだった・・・
「全ての条件に当てはまる人物に1人心当たりが… 」
いや、本当何してんのあのじじぃ。
「その人物の本名は知りませんが『名無しの権兵衛』と名乗っていて、一応冒険者をやっていてタマに俺の店に飲みに来ます。」
「『名無しの権兵衛』さんですか〜? でもどこにいるか分からないのでは〜?」

「ここはギルドですよ?冒険者が集う場所です。そして今日店に来てたんですよゴンじぃ… ではなく『名無しの権兵衛』も所属しています。待っていれば自分から来ますよ、素材を売りに。」

さすがにあのゴンじぃが王族とは予想外ではあるが、『名無しの権兵衛』なんて特殊な偽名を使っているのにも納得だ。
しかし、結局何もしていないとは俺としては楽だが何だか申し訳ない気持ちになてしまう。

「バレると逃げられる可能性もあるでしょうから、来たら呼んでもらうようギルドマスターにでも伝えておくといいでしょう。」
「はい〜!わかりました〜ありがとうございます〜。」
そう言って訓練所を後にする王女様・・・

さて、帰るか。

ん?
帰り際、ギルドの中ではゴンじぃと王女様が高レベルの戦闘を繰り広げていた。
そんな中ひるがえる『喧嘩上等!』。
あの、のんびりキャラにはミスマッチと思っていたが・・・王族って怖い。

しばらく観戦し、助けを求めるゴンじぃをスルーして帰路についたのだった。

それから、しばらくしてから。

「酒が足りんぞコウ!持ってこんか!」

「はいはい、こんどは第何王女が成人するんだ?」
そう、ゴンじぃはまた武器を背負い店に来たのだった。
「今度は第6王女のカトリーヌじゃ!これがまた可愛くての、誰がダンジョンに単身潜らせるか!」

そう言いながら酒を煽る。

俺はため息を一つつき、またっく懲りてないこのじじぃをどうやって店に繋いでおくかを考えるのだった。




J 青年時代と冒険者。