ここは王都の裏路地の一角、細々と営業する一軒のバー『ネリネ』
少々古めかしい内装の店内は夜なのに閑古鳥が鳴いているようだ。
きれいに清掃されていた店内は、開店から今も清潔な状態を保っている。
今日の飾りは愛槍のロングスピア(貰い物)のようだ。
「・・・今日はもう終うか。」
そんな悲しい呟きが店内に木霊する。
一人でへこんでいると、ドアの開く音がして振り返る。
「いらっしゃいませ−!」
いかん、思わずファミレスのノリでやってしまった・・・
「ごほんっ、いらっしゃいませ。」
「いや、やり直しても遅えからな?」
そこには俺の全開の笑顔にドン引きした友人が立っていた。
彼の名前はグレニード・スタイプ。
この国きっての冒険者。
ではないが若くしてランクCにまで上った期待の星・・・らしい。
ランクCは本当だが期待の星というのは本人から聞いたので定かではない。
彼の容姿は狼の獣族らしく尖った耳と、若干吊り目がちな金色の瞳。
装備は速さを活かした軽装で腰に二本の剣を下げている。
歳は25歳の同い年。
愛称は『グレド』だ。
さぞモテるであろう、軟派なイケメンといったところか。
イケメン爆発しろ。
「爆発しろ」
「いや、いきなり何言ってんだよ。お前・・・」
グレドががっくりと肩を落とす。
本音がそのまま口に出てしまった。
反省せねば…
「すまん、本音がポロッとこぼれただけだ。気にしないでくれ。」
「本音かよ・・・あとフォローにすらなってないからな、それ。まあ、元気そうで良かったよ。」
こいつはあまり店には来ない。
基本的に辺境での仕事を主にしているからだ。
俺が怪我をしてからは以前より顔を見せに来ることが多くなった。
「まあ、店はごらんのとおりだが元気にやってるよ。何か飲んでいくか?一応バーだから酒は置いているが。」
「いんや、この後戻らなきゃいかんのだよ。パーティーを待たせてもなんだし、また今度飲みに来るわ。」
そう言って、座ったばかりの席を立つグレド。
ほとんどが顔を出すだけで、一向に売り上げに貢献してはくれないのはあえてなのか…
まぁ、それだけでも嬉しく思ってしまう本音は口にはしないが。
グレドは、命の恩人であると同時にこっちに来てからの初めての友人でもある。
ふとグレドの視線を追うと、飾ってある『ロングスピア』にたどりついた。
「ま〜だ持ってたんだな、あの安物。しかも大事に飾っちゃって。」
『変わり種』が日替わりだと知っているというのに、グレドはニヤニヤと笑みを浮かべる。
嫌な予感しかしない…
「これは、アイツに報告だ!」
そんじゃな!と言って店を大げさなダッシュで店を後にするグレド。
するなバカ、と口に出す暇もなかったな…などと思いつつ。
俺も片手をあげて「また会う日まで」と決まった言葉を友人にかける。
グレドが居なくなった店内は途端に静けさを取り戻し、客のいない店内に時計の音が響いていた。
久しぶりにグレドの顔を見たからか、俺はこちらに来たばかりの頃を思い出していた。
―――7年前―――
俺は森の中で目が覚めた。
「ぐむぅ・・・?」
辺りを見回しても木、木、木。
こっちに来る前俺は部屋で本を読んでいたはずだっだ。
「なんだこれは、どういう事だ?ここは何処だ!」
とかなんとか叫んだと思う。
明らかに見覚えのない森の中、状況把握なんてできるはずもなく。
混乱の極みだった。
無理矢理自分を落ち着かせたら、今度は現実逃避。
まあ、いきなりこんな状況じゃ当然かもしれんが。
「そうか。いつの間にか寝たんだな、きっと。服だって変ってないし。」
ブツブツと現実逃避しながらも、俺は分かっていたんだろう。
「なんだ、夢か・・・」
これは夢じゃない、と。
何しろ風の感触や、木々の匂い、嗅いだことの無い獣臭なんぞ今でも覚えているくらいだ。
このパニックの時間が長かったんだよな…
記憶の中の自分を、客観的に見るとそうとう笑える。
もちろん、今になったからだが。
冷静ぶって、納得した訂で、受け入れたふり。
内側で押さえ込んでるつもりの姿が、これまた哀れだ。
ちなみに俺はインドア派だったため、サバイバル能力は無い。
本は幅広く読んでいたが、興味のないアウトドア関係は記憶の濃度がなにせ薄い…
ウロウロと熊のようにその場で回っていた時だったか?
突然耳だけでなく、体に恐怖が響くような遠吠えが聞こえたのは。
「!何かいるのかココ?・・・と、とりあえず助けを。」
携帯を取り出し画面を見るが当然、圏外だ。
「な、なんで圏外なんだよ!わかってたけど!」
もちろん、一人突っ込みはこの時が初めてだ。
「くそ!とりあえず動くしかないのかよ・・・」
動くと決めた俺はようやく一歩踏み出した・・・森の奥に向かって。
今思えば奥に向かわなかったら助からなかったな。
歩き出したことで多少冷静になれた俺は、感情だけではなく頭でもようやく状況を飲み込む事が出来た。
これで体も動く。
「はぁ、はぁ、なんだよ、まるで小説じゃないか・・・ハハッ」
茂みを飛び越えながら自分で何気なく言った言葉が的を射てしまったためか、変に冷静になってしまって乾いた笑いしか出なかったな、この時は。
「待てよ…? もし本当に異世界トリップなら・・・そう!チートは!何か特殊能力的な物はないのか!?」
もしかして!っという希望にテンションが上がる。
そうなると、なぜか強気に。
小枝にあたっても、ふんッ!と腕をクロスさせてむしろ飛び込む!みたいな。
我ながら恥ずかしいやつだったな…
「ステータス!ファイヤーボール!ヒール!」
チート確認作業とでも言おうか、そんな無駄な時間が過ぎていく。
あっという間にテンションも強気もしぼんでいったのだが。
この時は必死だったなぁ…
結局この時は何も反応はなかったんだっけか。
あの時『ウォータ』とでも叫んでいればまた違ったかもしれんが。
ちなみに俺の適正は水、ほかの適正は軒並み0という素敵な結果だった・・・
あと『ステータス』なんて物はこの世界に存在しない。
必死すぎだろ自分…
「ちくしょう、森の中に放り出されてチートも無しにどうしろっていうんだよ・・・」
慣れない森の中を歩き続けて体はガタガタ、精神的にもかなりキツイ。
よく歩いていたと自分でも思う。
途中で拾った木の棒を杖代わりに歩き続ける事2時間くらいだったか?
よく途中でモンスターに遭遇しなかったもんだ。
「ここは?・・・少し休めそうか。」
確かあの森では珍しい『開けた』場所だったな。
冷静に見ればところどころにモンスターの足跡があった気がする。
まあ、あの時はそんな事を気にする余裕もなかったし。
何しろまだ一度もモンスターと遭遇していないんだから、いても獣くらいだと思ってたんだよなぁ。
まあ、獣に遭遇してもやられる自信はあったと思う。
そんな時だ、
ガサリと音がしてそちらを向くと。
いた訳だ、モンスターが…
しかも10匹ほどの群で・・・だ。
「は、はは、・・・これが遠吠えの正体ってか?」
こいつらはランクDの『ニードルウルフ』
単体でのランクは1つ下がるがこれは『群』だ。
肩と額そして尻尾に名前の通り20cmほどの針がある。
ランクDを取った時の俺でも『群』は無理である。
俺はランクDでも底辺だったからな。
鎧でも着てれば話は違うが、あの時は完全に私服。
防御力なんて期待するほうが馬鹿げてる。
そしてあの時持っている獲物は『木の棒』だ、ムリゲーである。
「くそ、死にたくない…こんな木の棒でやるしかないのかよ…!」
木の棒を握りしめた瞬間だったな、先頭のニードルウルフの尻尾の針が腹に突き刺さったのは。
「ぐぅっ!痛ってえ!マジかよ、くそっ!見えなかったぞ!」
こいつらは針で刺して相手を弱らせてから喰らう。
ある意味、刺され続けていつ間は大丈夫なのだ!
って、あの時はマジで痛かったなぁ。
2撃目が来る。
一瞬のことすぎて、目をつむる余裕もなかった。
かろうじて尻尾が消えたのが分かったぐらいだ。
が、その攻撃は俺には届かなかった。
「大丈夫か!すぐ終わらせるから待ってろ!」
視界からニードルウルフが消え、真っ暗になる。
俺とニードルウルフの間に入って来たのは双剣を抜いたグレドだった。
逆光でボヤッとした固まりにしか見えなかったが、声の頼もしさもあって、この時はこいつがヒーローに見えたよ。
「グレニード、この子はワシに任せて、戦闘に参加なさい。」
よく通る声でパーティーに指示しながら駆け寄ってくるおっp..いや、美女。
痛みも一瞬忘れるほどの刺激的な絵だった。
今でも目を閉じれば、走る事で跳ね上がるおっp…いや、レニア・クーヘルの姿を鮮明に思い出す。
グレド達の戦闘音が聞こえる中、俺はレニアに見惚れていた。
レニアは、腰あたりまで伸ばした赤い髪に同色のウサ耳を持ち、バンキュボンな美女である。
「動かないで。」
俺の出血を見て一瞬顔を歪めたレニアに、腹の激痛が戻る。
「何故そのような軽装でこの森に入ったのかは知りませんが、ワシ達が『ニードルウルフ』の討伐を受けていなければ命を落としていましたよ。」
そう言いながら治癒魔法をかけてくれるレニア。
「気づいたらこの森にいたんだ。」
ようやく出会えた人(?)に、溢れるままの疑問をぶつける。
「ここは何処なんだ…ッ痛!」
「動かないでって言ったでしょ。」
「だって、その耳!針のオオカミみたいなヤツに、鎧とか剣とか!」
叫びながら横になると、レニアの手から漏れる淡い光が見えた。
「しかも魔法なんて… !」
真剣なまなざしのレニアを見つめていると、腹の痛みが和らいでいく。
この時は、異世界人であることとか隠す余裕とかなかったし。
そんなこと思いつきもしなかったからな!
実際、勇者でもなんでもない落っこちて来ただたの人だったわけだが。
「気付いたらって…」
顎に手をあてて考え込むレニア。
「あら、戦闘も終わったようですし皆で話した方がよさそうですね。まだ名前も聞いてませんし。」
横になったまま、首だけを回すと複数のニードルウルフが倒れているのが見えた。
赤黒い水たまり、初めて嗅ぐ脳をかき回すようなキツい血であろうニオイ。
レニアが最初に助けてくれたグレドと話す声が遠くなっていく。
情けない事に、いや、普通そうか。
俺は意識を失った。
意識が戻ったときには手厚い看護と歓迎を受けた。
討伐の依頼も無事に遂行出来たと聞いた。
グレドやレニア、ほかのメンバーも集まり自己紹介が始って、命を助けてくれくれた彼らに改めて感謝した。
そして、俺はようやくどんな場所に来たのかを知ることになったんだ。
それからグレドの帰還と共に一度王都へ行くことになる。
このパーティーには異世界人であることは直接言ってないが、間違いなく気づかれてはいるだろうな。
何しろコッチの常識なんて知らなかったし、人間以外の種族も初めてだ。
初めて立ち寄った鱗族の村で木の棒を構えてレニアに叩かれたのはいい思い出だ。
色々あったなぁ。
グレドのシャワーシーンに遭遇してダメージを受けたり。
グレドが酔って俺のベットに入って来たり・・・
おかげで仲良くはなったが精神的なダメージがデカかった。
後はグレドとレニアに剣と槍の稽古をつけてもらったり。
「おい、イチ。本当に冒険者になる気か?正直才能無いぞ?」
今更だがグレドは俺を『イチ』と呼ぶ・・・どうでもいいか。
「そ、そうですよ!コウイチは冒険者には向いてません!ワシが言うんですから間違いないです!」
などとレニアからも、有難いお言葉も頂戴した。
あの時は本当にヘコんだよ・・・
「いや、冒険者になる以外稼ぐ方法がないしランクEなら何とか1人でもできそうだからね。いつまでもレニアに食わせてもらってちゃ男として・・・ねぇ?」
「ボーズの言うとうりだ、レニアよぅ男にはプライドってもんがあるんだぜ?」
今まで触れもしなかったが、このおっさん名前はゼーパン・ドミュック。
ドワーフでがっしりした小さいおっさんである。
ちなみに酒は弱い。
パーティーメンバーの1人である。
俺は異世界人。
コッチの戸籍なんぞ無いから、まともな職に就けるはずもない。
まともな職に戸籍が必要なのはゼーパンから教えてもらったからなぁ。
冒険者はまともな職ではないのだよ。
「それに、この後みんなは辺境へ行くんだろ?俺みたいな足手まといが居て帰って来れる所じゃない。」
辺境、王都近辺より強いモンスターが出没するが実力のある冒険者には大事な『金山』である。
う〜ん、一度でいいから辺境で狩りをしてみたかった…
「そうそう、足手まといはお留守番って決まってんの。あたい達が帰ってくるのを王都で待ってなさい。偶には顔を見せてあげるわ・・・レニアが!」
無い胸を張っているこいつはエルフで232歳のペーナリッカ・アシュクア。
とても年上とは思えないのは、おそらく140cmしかない背とそれに殉ずるスタイルのせいか・・・武器は弓と魔法全般。
どう頑張っても背伸びした子供にしか見えない。
それは今でも変わっていない。
こいつもパーティーメンバーだ。
「ふぅ、仕方ないわね。」
誘ってくれるのは本当にありがたいのだが、大事な友達だからこそ迷惑は掛けたくない。
自分のために目的を諦めさせるなんてことは出来なかった。
頑に冒険者になることを譲らない俺に最初に折れたのはレニアだ。
「コウイチ、これを使って。安物で悪いけど…」
最低ランクからの出発になる俺はパーティーを離れる事になる。
「いいのか?助かるがレニアはどうするんだ?」
「ワシのは今新調してるの。辺境へ行くんだもの、流石にそれじゃやられちゃうわ。」
これを見る度にこのパーティーの事を思い出すんだろうな。と受け取ったロングスピアを眺める。
「お〜お〜、レニアが男にプレゼントしてるぜ!俺たちは今奇跡の瞬間を目撃している!」
感動的なシーンがグレドの茶々により滅茶苦茶になった瞬間だった。
俺この時ちょっと泣きそうだったのに・・・
「ならボーズ、このハンドアクスももらってやってくれぃ。ボーズに使われるならこれも嬉しかろう・・・安物だがなぁ。」
「あれ?あたいもなんかあげないといけない流れ?でも残念でした〜!あたいのは全部エルフ専用装備なのです!」
がっはっはっと豪快に笑うおっさんの横で、同じように腰に手を当ててキャッキャと笑うパーナリッカ。
寂しくなるな…
「レニア、ゼーパン、ありがとう。大事に使わせてもらうよ。」
「えー!あたいもお礼言われたい!感謝しろコウイチ!何にもあげてないけど!」
俺はペーナリッカをスルーして、レニアとゼーパンに礼を言った。
それにしても、別れの挨拶をしてからが長い…
皆も俺と同じように名残惜しんでくれているのが嬉しい。
「じゃあな。」
ゼーパンとレニアがグレドとペーナリッカを引きずり去って行った。
首根っこを掴まれ、こちらを向いたまま踵をゴリンゴリン引き摺って、両手を振り続けながら小さくなっていくグレド。
俺はそんなパーティーメンバー達に苦笑しつつ。
「また会う日を楽しみにしてるよ。」
と声をかけ送り出したのだった。
―――現在―――
ずいぶん長い事思いでにふけっていたようだ。
グレド達と別れ一人になった俺は、地道に必死こいて冒険者になった後、薬草採取のクエストをこなし、ランクFの『ラビットフット』なんかを討伐しながら、ギルドの蔵書スペースや王都図書館に入りびたり『初心者賢者』と呼ばれるようになる。
ちなみに『ラビットフット』は、土を固めたような丸い体にもうしわけ程度の口とつぶらな瞳、それにウサギの足がついたモンスターだ。
飛び跳ねてからの体当たりは子供の全力疾走からのダイビング程度の威力で戦いに慣れてない俺の練習台として大活躍した。
ちなみにランクFはしっかりとした準備さえすれば子供でも勝てるレベルだ。
コッチの貴族はモンスターとに戦闘に慣れさせるために子供の練習台として使うらしい・・・まぁ、あの頃は子供以下と言われても仕方なかったんだが。
しかし、グレドの奴レニアに余計なこと吹き込んでないだろうな?
・・・窓の外に赤いウサ耳がウロウロしているのは気のせいだと思いたい。
辺境に戻ったんですよね?
グレドは酒の一杯も飲む暇なかったんですよね?
なんでまだいるんですか、あなた…
まあ、入ってくるまで放置でいいか。
ちなみに店に飾っている『変わり種』の一つ『ハンドアクス』はご察しの通りゼーパンからの貰い物だ。
思い出しついでに明日でも飾ろうと思う。
どれだけウロウロとしていたのかようやく店のドアが開く。
「お、お邪魔します・・・。」
何をそんなに緊張しているんだレニアは。
「いらっしゃ・・」
俺の顔を確認し、飾ってある『ロングスピア』に目を走らせたかと思うと、
「お、お邪魔しました!」
「いませ・・・は?」
俺が言い切る前に、まさに脱兎のごとく。
赤い顔をしながら店からの離脱をはかった。
俺に止められる筈もなく唖然と見送るしかなかった。
何をしに来たのかさっぱりわからない。
・・・本当にグレドのバカは何を吹き込んだんだ?
あのバカが笑顔でサムズアップしているのが思い浮かんだ。
聞こえてはいないだろうが、とりあえず。
「また会う日を楽しみにしてるよ、レニア。」
苦笑を浮かべながら誰もいない店内でそう呟く俺だった。