『愚痴ぐらいはきいてやる。』

〜 K セシルと日常。〜




今日は少し違った話をしよう。

ここは冒険者達が愛用する宿『鷹の雛亭』
そこに泊まる1人の客が今回の主人公になる。


ゴンッ!
朝には似合わない鈍い音が宿に響く。

「むにゃ、にへへ・・・良い〜んですかぁ?・・・」
寝言だろうが、意味不明である。

先ほどの音は、彼がベットから落ちた音の様だが目覚める気配はない。
むしろベットに戻ろうと体を蠢かせている。

もぞもぞと動いていると彼の部屋のドアが開く。
「さっさと起きな!せっかく金払って飯まで付いてんだ、食わずに仕事に行くつもりかい!?」
どうやらここの女将さんのようだ。
歳は45辺りか。
きつい口調とは、うらはらに彼を息子のように思っているのが良くわかる。
バカな子ほどかわいいとはよく言ったものである…

「ふぁい!!おきますた!」
「まったく、毎朝起こされるまで寝てる冒険者なんてあんたくらいだよ・・・早く支度して降りてきな、料理が冷めちまうよ。」

ボーッとしている『セシル・リーマス』の肩を乱暴に叩き、女将さんは出て行った。
「ふああ〜〜〜〜〜、・・・ごはん。」

もぞもぞと支度を始めるセシル。
顔を洗い、やっと目が覚めたようだ。
ここからは彼に任せよう。
・・・不安ではあるが。


「よし!目覚めスッキリ!」
僕の名前はセシル・リーマス。
一応貴族です。
昨日16になりました!
これからは自分の力で生活していくんです!

そして冒険者!
そう、冒険者なんです!
でもたまに様子を見に来る、お兄様に僕の活躍を話したら何故か…
「うん、セシルはそのまま大きくなろうな。」
といつも温かい目で頭を撫でられます。

僕は、妾の子と言うやつですが兄妹の仲は悪くありません。
僕は頭が悪くて家の仕事を手伝う事ができないので、憧れの冒険者になりたい!と家を出る事にしたのです。
家族の皆には、止められましたが、なんででしょう?
おじい様からは「危なくなる前に家の家名を出しなさい。」と言われました。
あっ、『リーマス』はメイドの母の家名なんですよ。

それでも僕の初めてのわがままだったから…
皆、送り出してくれました!

・・・だって冒険者ですよ!
冒険しちゃうんですよ!
カッコいいじゃないですか!

あっ、ご飯食べないと。


「おはようございます!」
下に降りて元気にあいさつ、これは冒険の基本です!

「おう、おは〜。相変わらずいい『目覚まし』だったぜ。」
「おはよう、セシルちゃん。すごい音だったけど大丈夫?」
『目覚まし』?
なんの事だろ?

このお二人は、ご夫婦で冒険者をされている人族のマニーナ・ルッシャさん(男)とアクサル・ルッシャさん(男)です。
マニーナさんは女性よりも女性らしいですし、僕も言われるまで気づきませんでした…
でも、とても美しい方だと僕も思います!

アクサルさんが言うには、
「『その時』になるまで気づかなっかったし、まあいいかと思っちまって・・・」
だそうです。
『その時』って何時でしょう?
と聞いてみたんですけど、マニーナさんは、顔を赤くしてイヤンイヤンと体をくねらせるばかり。
アクサルさんは「セシルはそのままでいてくれな・・・」と優しい目でこちらを見るだけでした。

う〜ん?
そうだ!今度『賢者様』に聞いてみよう!

「ほら、できたよさっさと食べて仕事しな!」
女将さんが『出来立て』の温かいご飯をはこんできてくれました!
「わぁい!ありがとうございます!いただきます!」
女将さんの作る料理は家の料理とは違ってなんていうか、こう、乱暴?
だけど心が温かくなるから大好きです!

「ほら、そんなにがっつくんじゃないよ。まったく…口の周りがベトベトじゃないか。ほら、拭いたげるから大人しくしな!」
右手にパン、左手にシチュー肉を刺したフォークをの握りしめムームー言いながら、乱暴に口元を拭われます。
ちょっと痛いよ女将さん。

「相変わらず可愛がられんてんなセシルは!」
「そうね、『目覚まし』がなると女将さんすっ飛んで行くもんね。」
笑いながらそんなことを言うアクサルさんとマニーナさん。

「目覚ましって何のことですか?僕、女将さんに起こされた事しかないですけど?」
と言うとお二人は驚いた顔をした後、
「なんであの音で起きないんだ?」とか「セシルだもんな〜」とよくわからない事を言っていました。

だからどの音でしょうか…?
あと僕はセシルですけどそれが何なのでしょう?

「ほら!あんたらもバカなこと言ってないでサッサと行きな!」
女将さんが吼える!
うん、ガオオオって感じだ。
ちょっと怖いことは秘密です。
アクサルさんとマニーナさんはヘイヘイ、ウフフと席を立って行っちゃっいました。

食事も終わり、ご飯の余韻に浸っていると、
「あんたもギルドへ行かなくても良いのかい?他の連中は行っちまったよ?」

・・・?

あっ!
忘れてました、ギルドへGO!
です!

勢い良く席を立ち、出口に向かい走り出す。
「あわわ、行ってきます!」
今日の冒険はこれからふぁ!・・・うぅ、心の中で噛んじゃいました。
「はいはい、行っといで。・・・大丈夫かね、あの子は。」

ギルドへ行く途中、武器屋の看板犬のガッツリン(セシル命名、本名シュバルト)と戯れて気づいたらお昼に!
お腹が空いてきました・・・。
とりあえず何か食べてから・・・
いや!
依頼を受けてから食べても遅くはない!
ということでギルドに向かいます。

今日は何食べようかな〜。
なんて考えながらドアをくぐります。

「こんにちは!」
冒険は元気な挨拶から!基本です!
皆さん何故か温かい目でこちらを見ています。
「?」

「あ〜、はいはい。コンニチハ。ほら、早くこっちに来なさい!パシル!いつまでも入口に突っ立てない!」
「僕の名前はセシルだよ?間違えちゃダメだよ、ツオネちゃん。」
この子はツオネ・リンカータ。
ギルドで受付嬢をしている気の強い女の子だ。
紫の髪を二つに束ねて両サイドから垂らしている。
・・・馬の尻尾みたいだ。

「あ〜もう!あんたこそ間違えないで!あたしはツオネじゃなく『ツォーネ』!まったくそんなんだからパシルなのよ!ちゃんと呼んで欲しかったら、名前ぐらい覚えなさい!」
「うぅ、ごめんなさい・・・ちゃんと覚えるよ。」
うん、『ツオネ』ちゃんの言うとおりだ。
まずは覚えなきゃね。

「ちょっと、何へこんでんのよ・・・。あ〜、そうそう!依頼!依頼受けに来たんでしょ!あんたにできそうなの選んであるから・・・ほらコレよ!」
「わぁ!ありがとう!『ツオネ』ちゃん!」
覚えてないじゃない!と叫ぶツオネちゃんから依頼書を受け取り選び始める。
『薪割り・頑張った分だけ報酬UP』『食堂タマゴ王子の手伝い』
『ギルドの訓練所の清掃』『ギルド職員の買い出し手伝い』etc.etc.

「・・・冒険?」
そう口に出しながらツオネちゃんを見る。

「なによ、文句あんの?これだけ探すの苦労したんだから有難く受けなさい。・・・私としては、こっこの『ギルド職員の買い出し手伝い』なんて、おっおすすめよ。」
顔を赤くし依頼書を指さすツオネちゃん。
・・・熱でもあるんだろうか、少し心配だ。

「ほら!さっさと選びなさいよ!」
ツオネちゃんが急かしてくる、やっぱり体調が悪いんでしょうか?
そんな状態で依頼を選んでくれるなんて・・・この依頼の中から比較的『冒険者』っぽい物を選ぶしかありません!
う〜ん、ここはコレに決めました!

「じゃあ、この依頼でお願いします!」
そう言って依頼書を出したときツオネちゃんは崩れ落ちるように脱力した。

「ツっ、ツオネちゃん大丈夫ですか!?」
やっぱり体調が悪かったんだ!
一人慌てているとツオネちゃんが地の底を這うような声で…
「なんで・・・なんで『薪割り』なのかこの『ツォーネ』!様に教えてくれるかな?」

怖い、怖いよツオネちゃん・・・
「えっと、薪割りなら腕が鍛えられると思って。冒険者は腕力勝負!ってこの前ディザスター(猫耳のおっさん)さんが話してて…それに具合悪そうでしたから早く決めないとツオネちゃんが休めないかなと思って…」

「何で私の名前だけ!間違えるのよ!はぁ、まったく・・・そんな事言われたら何も言えないじゃない、バカ。」

後半まったく聞こえなかった・・・
「何て言ったんですか?」
「何でもないわよ!それよりあんた槇割りやったことあんの?コツを知らなきゃかなりキツイわよ?」

「この前宿の薪割りをしました!でも、あんまりうまく割れませんでした・・・」
実家でおじい様が笑いながら見せてくれた薪割りは空に槇を投げて斧を振って八分割にしたり、薪で薪を割ったりしてました。
僕もできるようになるかな?

「ぜったい変なこと考えてるでしょ。まったく、『賢者に』聞いてきなさい。薪割りのコツくらい教えてくれるでしょ。」

「うん!行ってくるよ!じゃあねツオネちゃん!」
いざ!『ネリネ』「ぐ〜〜〜」へ?

そういえばまだお昼ご飯食べてない…
「ツオネちゃん、ご飯食べてからでもいいかな?」
「はぁ、好きにしなさいよ。・・・もうちょっと早ければ一緒に食べれたのに。」
「?」
「いいから早く行きなさい!」
顔を赤くしたツオネちゃんに急かされてギルドを出た。
やっぱり熱があるんじゃないかな?
熱があってもちゃんと仕事してるツオネちゃんはスゴイ!
僕も頑張らないと!

とりあえずご飯です!
お店を探していると『食堂タマゴ王子』の看板が目に入った。
ん〜?どこかで『聞いた』ような?
思い出せないけど、聞いたことがあるってことはきっと美味しいはずです!

「こんにちは!」
挨拶は(以下略)

「らっしゃい!ん?・・・君がギルドから派遣されてきた冒険者だね?」
「えっと・・・たしかに僕は冒険者ですけど、ごh」
「さあ!皿は山のようにたまっている!頑張ってくれたまえ!」
最後まで言わせてもらえないまま、厨房の奥へと引きずられていく。
・・・ご飯。

結局誤解が解けたのはお皿が残り10枚を切ってからだった。
「いやー、すまん、すまん!まさか客だっだとは!よく早とちりでカミサンにも叱られるんだ!でも助かったよ、これ今日の給金だ。それと遅くなったが何でも頼んでくれ!迷惑かけたから無料で良いぞ!タマゴ料理しかないけどな!」
そう言ってガハハハッと豪快に笑う店主のバニックさん。

「ありがとうございます!それじゃあ、何食べようかな?」
お腹はペコペコ、なんの容赦もなく注文してしまったが、パニックさんは笑いながら
「若いんだからそれくらい食わなくちゃな!」
と、快く作ってくれた。

机に並ぶタマゴ、タマゴ、タマゴ。
まさにタマゴずくしでした。

では、「頂きます!」

・・・

「ご馳走様でした!美味しかったです!特にあのトロ〜ッとしてフワ〜なアレとか!」
「そーか、そーか!トロ〜ッとしてフワ〜なアレか!アレは自信作だからな!」
口の周りを拭い、席を立つ。
「それじゃあ、そろそろ帰りますね。本当にご馳走様でした。」
「おう、こんどはツォーネちゃんと一緒に来な!歓迎するぜ!」

なんでツオネちゃんとなんだろう?
首を捻っているとバニックさんは「こりゃあ、ダメか。」と顔を手で覆い呟いた。
なにがダメなのかさっぱりわかりません。
それよりもツオネちゃんのことをなんで知っているのかが気になりました。

「そりゃあ、お前。ツォーネちゃんはここの常連だからよ。お前のことも聞いてるぜ?ツォーネちゃんはお前さんのために個人的な知り合いに声をかけてギルドの仕事にして渡したんだからな。おっと、これは言っちゃいけなかったんだ。」
ニヤニヤしながら「忘れてくれな。」と言うバニックさん。

・・・ツオネちゃん体調が悪いのに僕のために…
明日お礼を言わなくちゃ!
バニックさんにもう一度お礼を言って宿に向かいます。

あれ?
何か忘れているような?
忘れるって事は大したことじゃないってお父様も言ってたし、きっと大丈夫です!

ふぅ、
女将さんにただいまを言って部屋に戻ります。
今日は疲れました・・・
お休みなさい・・・


次の日、ギルドに行くとツオネちゃんに叱られました…
「パシル!あんたが薪割り選んだから受理したのになんで『食堂タマゴ王子の手伝い』の方に行ってんのよ!・・・な、なんか変なこと聞いてないでしょうね?」
変な事…?
バニックさんの「忘れてくれな。」と言う言葉を思い出しました!
きっとこの事だと思います!
「うん、ツオネちゃんが知り合いに声をかけて仕事を探してくれたなんて聞いてないよ!」
あ、でもありがとうも言っちゃダメなのかな?
「あ、あ、あ、あんのお喋りが〜!」
ツオネちゃんは顔を真っ赤にして頭をかきむしっています。
「?」
ギルド内の職員さんや他の冒険者さんたちは、お兄様と同じ温かい目でこっちを見ていました。
「そんな目でこっちを見るな!ほら!パシルはさっさと依頼に行きなさい!」

ツオネちゃんに怒鳴られて、逃げるようにドアに向かいます。
でも、やっぱりお礼はしなきゃダメだよね!
「ツオネちゃん!ありがとうございました!行ってきます!」
そう言って今度こそ僕はギルドを出る。

後ろから「ウガ〜〜〜!」と何かの吼える声が聞こえたけど皆が居るから大丈夫だよね?


ふぅ、
薪割りを終えて、いつものように『ネリネ』へと向かいます。
「こんばんは!『賢者様』!」
「はぁ、いらっしゃい。セシル、『賢者様』は止めてくれ。」

なんででしょう?
『賢者様』は『賢者様』です。
それから、いつものように今日の出来事を話します。
あっ!
そういえば槇割りのコツを聞かなきゃ!
「セシル…それは槇割りの依頼に行く前に相談しような?しかしコツね、う〜ん。」
『賢者様』でも知らないのかな?
やっぱり薪割りってすごいんだ!
だって凄く難しいんです!

(コツは有るがどう説明したもんかな・・・この前の採取クエみたいな事になりかねん。)
「まあいいか、コツはだな。オノを押し付けて割るんじゃなく、スナップを利かせて、オノの重さで割ること。木目を見て、力を加減して割る。小さく割ると時間が掛かるから、大まかに割る。使うときに小さく割るのがベストなんだが、依頼ならそうもいかないか。あと割れない木は割らない。まあ、こんなところか。」

やっぱり『賢者様』は『賢者様』でした。
そうだ!
もう一つ聞きたいことがあったんだ!
「は?アクサルとマニーナ?たまに来るがそれがどうした?『あの時』?なんのことだ?」
僕は『あの時』について一生懸命説明した。

「マニーナ、男だったのか・・・。なるほど『あの時』ね。」
『賢者様』は分かったようだ。
なのに、こっちをチラッと見ると頭を抱えてしまった・・・なぜだろう?

(流石に言えねぇ・・・何でこの歳で性知識0なの?こいつ、純真すぎるだろう。そんなキラキラした目で見ないでくれ。)

「あ〜、ほら、あれだ。一緒に風呂にでも入ったんだろう?きっと。」
(くっ苦しいか?)
「なるほど!そうだったんですね!これでスッキリしました!」
今日はよく眠れそうです!
「まぁ、納得したならよかったよ。」
「はい!それではご馳走様でした!」
そう言って僕は『ネリネ』を後にします。

「だから何か頼んでけよ・・・」
『賢者様』が何か言っていた気がしますが小声だったので聞き取れませんでした。

そして宿に戻ると女将さんにただいまを言って。
ベットに飛び込みいつもの朝を迎えるのでした。

これが僕セシル・リーマスの日常です。



...続