俺は今、バイト終わりの一服中だ。
疲れた体に紫煙が染みる…
ちなみに重度のヘビースモーカで1日に4箱は軽い。
「おつかれ〜イッチー!ハイ、これバイト代」
今はこの引越し会社でバイト生活を送っている。
俺は手先は器用じゃないので、こういった肉体労働の方が向いている。
爺さんと剣術の鍛錬中に左目の横に斜めに傷が出来てしまってからは、面接に行くも落とされてばかりだ。
数少ない友達が言うには「イケメンだけど堅気に見えない」だそうだ。
「ありがとうございます。社長」
「もう!雛でいいって言ってるのに!」
いつもニコニコしていて、発言のほとんどが冗談か本気かわからないこの人は、田中雛子(32)。
整った顔立ちにショートボブ。
大きな会社に勤めていたらしいが父の会社を継ぐために退社。
今ではこの引越し会社女若社長をしている。
「いや、俺はバイトですから流石に…あ、そろそろ失礼します」
「ちぇ〜、仕方ないなぁ。バイトじゃなければ良・い・の・か・な?」
後半は聞こえなかった事にしてドアへ向かう。
たぶん、バチコーンッと音がする勢いのウインクもかましていただろう。
後ろ向きで良かった…
まあ、美人さんだし問題は無いんだが。
長く一緒にいると脱力感が半端無い。
サッサと煙草を買って帰るとしよう。
明日は爺さんとの鍛錬がある。
爺さんは母方の親で代々『神薙流拳刀術』を継承してきた。
『神薙流拳刀術』は1000年以上も昔、居もしない『神』と戦うためだけに創られ、一子相伝で能力と技法を高めてきたバカみたいな流派だ。
それを修めた俺も、それこそ煙草でも吸って体力を落とさないと普通に暮らすのにも支障が出るほどには高い身体能力を持っていると自負している。
まぁ、煙草は好きで吸ってるんだが。
途中のコンビニによって煙草を2カートン買う。
早速バイト代が活躍してくれた。
思えばバイト代のほとんどが煙草に変わっている気がしないでもない。
「み〜」
ん?
道路の反対側に子猫の姿があった…
真っ白でふわふわだ。
まるで天使だな。
表現が残念だと思われるだろうが、可愛いモノは可愛いし、可愛すぎるモノは天使だ。
そんな天使に心奪われていると。
「ああ!バカ!コッチくんな!」
道路に降りようとして転がる子猫。
走る車。
どう見ても危ない…
案の定、子猫は立ち上がり、何事もなかったかのように尻尾をピンッ!と立ててご機嫌に道路に向かい歩き出す。
遠くに大型のトラックが見えた。
「くそっ!なんつータイミングだよ!間に合うか?」
出せる全力をもって子猫に走り寄り、なんとか抱え込んだ。
が、そこでタイムアウトだった。
1人と1匹は轢かれてしまった…
筈だった。
そこは、草原。
一人の男が紫煙をくゆらせ、地面を背に空を見上げていた。
見上げる先には青い空と3つの太陽。
男が居た世界では無い事を痛いほどに教えてくれる光景だった。
「なんだかねぇ…」
俺は甘坂
アマサカ
一南
イチナ
。
今しがたこの世界に来た25歳のナイスガイだ。
座右の銘は『一刀両断』。
武家の爺さんに教わった『神薙流拳刀術』を修めている。
うむ、世界はどうやら違うみたいだが俺は俺のようだ。
「何だろうねぇ、『アレ』は…なあ、どう思う?」
足元の子猫に問いかけるが俺の靴紐に戯れていて聞いていない。
溜息をついて少し前の事を思い出してみる。
轢かれそうになったコイツを助けるために道路に飛び出して一緒に轢かれた訳だが…
何故か無傷で、しかも明らかに『今まで居た世界』じゃない場所だった。
「きっかけは事故、か…?」
寝ころがしていた体を起こし、あぐらをかいて座り込む。
「さて、これからどうするかね…」
コッチで煙草は買えるのか…?
と思いながらも、もう一本取り出し火をつける。
生えてる草を千切り『猫じゃらし』代わりにして子猫と戯れながら考える。が、
やべぇ…、可愛すぎて考えに集中できん。
…考えるのは後にして、しばらく子猫と遊ぶことにする。
ふぅ、満足だ。
しかし、コイツの飯を確保せにゃならんな。
流石にアレは食えんよな?とチラリと後方に視線を向ける。
そこに居たのはファンタジーの定番『ゴブリン』のような生き物だった。
コチラの様子を窺っているようだ。
俺一人だけならどうとでもなるが、この天使を守りながら戦うのは…まぁ1匹ならいけるか。
「あの、すいません…」
「は?」
何か話しかけてきた…これは流石に想定外だ。
「え、あ、はい。なんでしょうか」
頭が戦闘用に変わっていたからメッチャどもった。
ハズイ…
「わたくし、ゴブ族の戦士バ・ゴブと申します。冒険者ギルドに依頼を出した者ですが…失礼ですが、冒険者様でしょうか?」
冒険者とかあるんだココ。
いいねぇ冒険者、引かれる響きだねぇ。
「俺は甘坂 一南だ。あいにく冒険者じゃないんだ、すまないな」
「いえ、確かに冒険者にしては軽装すぎるとは思っていたので…。それに我々ゴブ族は軽視されていますから仕方のない事かと…」
軽視…
モンスターに見えるが共存してるのか?
俺を見ても驚いたりしないってことは、俺のような『人』も居るってことか…
考え込んでいると天使が足下で「み〜み〜」と鳴いている。
うん、可愛いねぇ…
「そうだ!コイツの食べられそうな物を持ってないか?」
バ・ゴブに視線を移すと既に天使をガン見している。
「これは…何と愛くるしい。そうですね以前、町で買った自動回復の効果付きの携帯食がありますから、水で柔らかくして与えてみましょう」
いそいそと皿と携帯食を取り出し準備を始めたバ・ゴブは、一瞬にして子猫の魔力に取り付かれたようだ。
冷静を装ってはいるが、行動はそわそわと空回りしていて、数秒と空けずにチラチラと天使を見ているものだから何せ準備が遅い。
そしてこぼした。
天使よ、そんなに嬉しそうにめし…いや、ヤツを見てやるな…
一生飯にありつけねぇぞ?
しかし、自動回復の効果付きの携帯食?ますます異世界だな。
「み〜、みぃ〜」
天使は置かれた皿に夢中になっている。
腹減ってたんだな…すまん。
おそるおそる天使を撫でながら笑みを浮かべるバ・ゴブ。
優しい笑みなのだろうが、笑顔は凶悪だ…
「所で、冒険者に依頼したと言ってたが、急ぎじゃないのか?」
バ・ゴブはハッとこちらを振り向き、撫でる手はそのままに慌てて喋りだす。
「そ、そうでした!わたくし共の村の近の森に『鎧熊』が巣を作ったんです!このまま縄張りを広げてくると我々ゴブ族では太刀打ちできません。ですから依頼をしたのですが…わたくしを信頼して送り出しれくれた、長に何と言えば…」
『鎧熊』ねぇ。
文字どうりに鎧を付けた熊なのか、それとも鎧のように毛が固いのか…
後者ならキツイが前者なら何とかなるか?
「冒険者になる予定の男ならここに居るが?どうだろうか、俺を連れて行ってくれないか?これでも腕には自信があるんだ。」
「しかし…そのような軽装では、胸当てすら付けていないではないですか。武器も持っていないようですし…」
渋るバ・ゴブ。
まぁ当然だ。
しかし武器、武器ねぇ。
俺の使ってた脇差の『一匁時貞』か居合い刀の『刻波』がありゃ問題なかったんだが…
そんな事を思っていると突然背後からデカい気配がして振り向く。
は?
俺の刀が落ちていた。手紙付きで。
「これは…爺さんの字だ」
《一南よ、天国か地獄かわからんがそっちに『神』はおるか?まさかワシより先に戦いに行くとは思わなかったわい。死体が無いのでお前が消えたのと同じ方法で刀を送る。警察を黙らせ同じ車、同じ犯人を使ったんじゃ。きっと届いておろう。ワシも鍛錬を続け何れはそっちに行くじゃろう。ワシの分も残しておくようにの? 五一 》
「……」
家の一族は1000年続くアホ流派で、死ぬことを『戦いに行った』と言うのだ。
そして死んだらその先で『神』と戦えるように棺に各々の『獲物』を入れる習慣がある。
以前おじさんが死んだときは大変だった。あの人の何でも武器にするから…
一族が持ち寄って棺が金属で一杯に…
顔も埋まってたもんな。
葬儀会社の人が、一番哭いていた。
ちなみに、納骨は金属の塊を男衆で無理やり墓に入れたからな。
バ・ゴブは唖然と固まっている。
「さて、武器も来たし行こうか?」
「いやいやいや、おかしいですから!今空間が歪んでソレがでて来ましたよ!?」
「うん、大丈夫、大丈夫」
「なにがですか!?」
そんなやり取りをしながらバ・ゴブの村へとむかうのだった。
「ほっ!本当に消えよったわ!…こりゃどっかで生きとるかもしれんの。しかし、羨ましいのぅ…ワシも轢かれてみようかのう?」
回収されていくトラックを見ながらそんなことを呟く老人。
この老人、トラックに轢かれた程度では腰を痛める位のダメージしか受けないのだが。
そして、恐らくもう出番はない。