さて、いよいよバ・ゴブの村なわけだが。
ココに来る間に獣と遭遇すること3回、デカすぎるムカデ1回、そして…
「ワフッ」
「み〜」
天使の魅力にとりつかれたオオカミ1匹。
「なぁバ・ゴブよ。この狼ってのはこんな大人しい物なのか?」
狼は今、天使を背に乗せて落とさないようゆっくりと、そして堂々と歩いている。
「い、いえ。この『ウルフ』は一応モンスターでして、本来ならば凶暴なはずですが…」
モンスターかよコイツ…
『ウルフ』が近くに居るからかバ・ゴブが少し離れた位置から怯みながら説明してくれている。
しかしこの『ウルフ』が特別なのかは分からないようだ。
「しかし驚きました。バンムを真っ二つにしてしまうとわ。本当にお強かったのですね」
バンムは此処に到る途中に会ったデカいムカデの事らしい。
あまりにもキモかったため早々に退場してもらった。
人間大のムカデを想像してくれ…それがバンムだ。
こんな事を話していると村が見えて来た。
「あそこがわたくし達の村です」
へぇ〜と辺りを見渡す。
どちらかと言えば、村と言うより、集落の方が近いな。
ん?
何か走ってくる。
「バ・ゴブ!戻ったか!良くやった!コレ程の魔力は久方ぶりじゃ!さぞ高名なお方を連れて来たのじゃな!」
ほう…俺は魔力が多いのか。
うむ、良いこと聞いたぞ。
「長。ただ今戻りました。こちらが協力してくださるイチナさんです。イチナさん、こちら長のジェイ・ゴブ様です。この村唯一のゴブリンメイジなんです」
バ・ゴブは誇らしげにジェイ・ゴブをそう紹介した。
イチナです、と挨拶したら不思議な顔をされた…
何故だ?
「貴方はコチラの方の護衛でしょうか?なるほど…確かに、これ程の魔力です。鎧熊などその魔力を使わずともテイムモンスターと護衛だけで問題ないという事ですな」
は?『コチラの方』とは、まさかこの子猫の事か?
それに『テイムモンスター』ってのはこの『ウルフ』の事だよな?
そして、魔力が多いのもこの子猫って事か…
期待して浮かれた俺がバカみたいだ…
この憤りは『鎧熊』にぶつけてやろう。
「バ・ゴブ、『テイムモンスター』ってのは、何なんだ?」
「はい、モンスターを捕獲、調教する事を『テイム』。ペットや戦う力となるモンスターを『テイムモンスター』と呼びます。が…」
「そんなこと、したか?」
「いえ、むしろ勝手について来たのでは?」
2人で子猫の方を見る。
子猫が『ウルフ』の尻尾にじゃれついて楽しそうなので良しとした。
まぁ、子猫の謎は置いといて今晩どうするかだ。
もう日が落ちてきた。
「とりあえず、寝る所を確保したいんだが。どこかないか?」
するとジェイ・ゴブが。
「では、私の家をお使いください。この村で1番広いですし問題ないでしょう」
そう言うと「準備がありますのでこれで」と子猫に一礼し、バ・ゴブに家まで案内するように言ってから村の中と走って行った。
「それじゃあもう一息です。村へ向かいましょう」
バ・ゴブに村の話を聞きながら歩く。
「ああそうだ、大事な事聞いてなかった。この世界に『神』は実在するか?」
そう、とても大事な事だ。
「何を言っておられるのですか?もちろん居られますとも。数多くの神々によってこの世界は創られ、育まれてきたのですから。わたくし達ゴブ族は闇を司る神『バージェス』様に加護を受けております。そういえばイチナさんはどの神様に加護を受けられたので?」
いや、加護とか知らねーし。
さも当たり前のように言われたから多分この世界の常識なんだろうな。
「調べたこと無いな。まだ神をこの目で見たことも無いしな。見えない物を信じる事が出来ない性分なんだよ。」
ある意味『神』の存在だけは盲信している一族の出ではあるが。
「そうでしたか、加護なしであそこまでお強いとは…加護を受けたら恐ろしいですね。あ!加護を受ける気がお有りでしたら王都シェルパの『教会』に行ってみるのも良いでしょう」
ああ、そうだなと返事を返しこの世界に『神』が居る事実を噛みしめる。
元の世界では目に見えて実在しない『神』と戦うためのバカな流派。
その本分をこの世界で達せそうだ。
少し立ち止まり。
興奮した体を落ち着かせるため、限りある煙草に火をつけ肺深くまで吸い込む。
『ウルフ』が顔をしかめていたが今は気にしない。
大きく紫煙を吐き出し、前を見据えた。
煙草の火を消し携帯灰皿に突っ込む。
『ウルフ』はまだ顔をしかめている。
そろそろこいつ等に名前を考えなきゃな…
ジェイ・ゴブの家に着くと飯が用意されていた。
そういや猫の飯の心配しかしてなかったな。
『こちら』に来てからなんも食ってなかった。
有難くいただくとしますか。
さて、明日は熊狩りだ。
がっつり食って、さっさと寝よう…遠慮?そんな言葉は知らないねぇ。
次の日、俺達は森を警戒しながら歩いていた。
ジェイ・ゴブの家で出発準備をしていると、森を監視していたゴブリンから知らせが入った。鎧熊が縄張りを広げようと動き出したそうだ。
俺たちは、飛び出すように出てきた訳だが。
少し森に入った所で動物が少ない事にバ・ゴブが気づき、現在警戒しながら進んでいる。
そんな状態でしばらく進んでいると、バキバキッと木を折る音が近づいてきた。
どうやらお出ましのようだ。
そして『鎧熊』が姿を現した。
「バ・ゴブと『サウス』は『白』の護衛を。俺は熊をやる」
バ・ゴブは緊張しながらも頷き返した。
『サウス』は毛を逆立てて音のなる方を威嚇している。
『白』はサウスの毛が逆立ったせいで落ちそうになっていた…
お前も一応野良の筈だよね?
『鎧熊』との距離を目で測りながら煙草を銜えて火をつける。
そして、脇差の『一匁時貞』を右手で抜き放ち戦闘に備える。
思ったよりも早く距離を縮めてきたな。
コッチに向かって両手をふり回し攻撃してくる『鎧熊』。
ふむ、確かに鎧熊だ。
大きさは5mくらいか。その巨体に頭や腕、胴体部分などに西洋甲冑が張り付いている。
そこを狙うと刀では折れるだろうが、関節や甲冑の着いてない足、顔面。
などは狙い放題だ。
煙草を最後に一吸いして熊の右目めがけて噴き出す。
これ、本当は含み針でやるんだけどね。
眼球に800度の熱を持った凶器が直撃した。
「ガアアアアアッ」
デカい隙が生まれ甲冑の隙間である関節部分に切り込んだ。
「しっ!」
一気に踏み込み左腕をたたっ斬る。
痛みに、熊大暴れでござる。
バ・ゴブが後ろから焦った様子で何か叫んでいる。
なんだ?
「イチナさん!白様がそちらに走って行かれました!」
何!?
「み?」
気づいたら熊の近くに『白』が居た…
何でだ!動物の本能とか無いのこの子!?
熊が爪を振り下ろす。
くそっ!またこのパターンかよ!
「間に合え!」
ビリっといった音は聞こえたが体は無傷『白』も無事だ…
手の中でモチャモチャと動いてる。
近くに来た『サウス』に『白』を銜えさせ後ろに下がらせる。
安堵したのもつかの間。
熊がまだ残ってる。
改めて向かい合った瞬間「ボトッ」何か落ちた?
熊の気配に気を配りつつそちらを見てみると…
刀とは反対の腰に下げていたコンビニ袋が破けてカートンが落ちた音だった。
あれ?1カートン足りない?
「ガアアアアアアアア!!!」
仕方ない。コイツをかたずけて探すか。
そう思い1歩踏み出した所で気づいた。
「あ、あああああ!おま、お前…何踏んでくれてんだよ!!!!!!!」
俺、狂乱である。
コイツの足元で潰され、血濡れになった無残なカートン…
許せん、チュートリアル気分での退治だったんだが…殺す…
俺の怒気と殺気を感じたか1歩後ずさり、逃げの体勢に入ろうとする熊。
ダメだろ?逃げちゃさぁ…
脇差『一匁時貞』を鞘に納め、腰を落とし、居合い刀『刻波』に手をかける。
「『神薙流拳刀術』。居合抜刀『六銭』」
『六銭』は単純に六回抜刀し切りつけるだけ多対一を想定した技だ。
だが『神薙流』は普通の抜刀術とは速度が違う。
そして、この『六銭』。
相手への三途の川の渡し賃でもある。
キィィィィィンッ。
木霊のような鍔鳴の音が響く。
爺さんは鍔鳴が一度しかならない化け物だ。
俺も何時かはその高みを見たいものだ。
「カートンの仇だ。」
鎧の隙間を縫い6分割された熊の体にそう声を掛けた。
くそっ、俺が最初から本気でやればカートンは無事だったかもしれん…
節約して吸わねば、と心新たに煙草を1本取り出し火をつける…
……習慣って怖いね!
10箱の煙草を一度に失った事を一通り嘆き。
それからバ・ゴブ達を呼んだ。
「もういいぞ。熊は倒した。」
「いやはや、すさまじいですな。まったく剣閃が見えませんでした」
そんな事を言いながら歩いてきたバ・ゴブ。
『サウス』もそれに続くように来た…あれ?『白』は?
「白はどうした?」
「え?さっきまでサウスの背で寛いでいたのですが…」
『サウス』は俺達を素通りして、熊の所まで行ってしまう。
そんな『サウス』を目で追うと…
「あ!」
……『白』が熊の血を舐めている?
「いや!ダメだろ!」
サウスは我関せずと、隣で熊の肉を食い始めた。
俺は慌てて『白』に駆け寄ったが、『白』が発光し始め足を止めた。
光が収まったときそこには…『鎧白』が居た。
「…何でだよ」
背中に銀の小さな丸盾、デザインは中央に肉球がデフォルメして描かれている。
腕には同色の猫の手ガントッレットと、頭には猫耳ガード付きの銀色の兜を装備。
まさにフルアーマー白である。
白は誇らしげに4本足で立っているが、装備が重いのか足がプルプルし初めた。
あ、つぶれた…
つぶれて「み〜!み〜…」鳴いているので拾い上げてやると、その鎧は消えて行っ
た。
「何だったんだ、いったい?…いや、可愛かったけど」
「もしかすると、白様は大いなる加護をお持ちなのでは?」
「大いなる加護?」
「はい、世界に愛され、すべての神々に祝福を受けた加護持ちをそう呼びます」
コイツ俺と一緒に来たはずんなんですけど…
何でそんな事になってんの?
「テイムに関しては『狩猟と隷属』を司る神。今の『鎧』に関しては、おそらく『食』を司る神では無いかと…少なくとも加護を2つ以上持つことは出来ないのです。敬う神への背信行為ですから。例外は生まれた時に複数の神から直接、加護を与えられる場合があります。それが『大いなる加護』と言われて、かつては国の象徴になったことも有るのですよ」
白の生まれはこの世界?…んな訳ないか。
だとしたら俺と一緒に来た時に加護を受けたことになるが、俺も何か加護あるのか?
流石に熊の血は飲みたくないぞ。
しかし、バ・ゴブが詳しくて助かったな。
「何で『食』の神の加護で『鎧』ができんだよ?」
「詳しい事は分かりませんが、『食』の神の加護を受けた者は食べる事で魔法やモンスターの能力を取り込むことが出来るそうです。ですからあの鎧もすでに白様の能力になっているはずです」
だれか白の取扱説明書をください。
そんなことを思いつつ『白』見つめていると、満足するまで食べたのかサウスが口のまわりを血で汚し、1回り大きくなって…?
「何かデカくなってないか?お前…」
ガウッと返事をしてくるサウス、鳴き声まで変わってるよ。
「どうやら『階位』があがったようですね。自分より強いモンスターを食べたからでしょうか?立派な『ウルフリーダー』です」
まず『階位』って何だ…モンスターの階級みたいなものか?
そんなに早く上がるものなのか?
…まさか白がらみじゃないだろうな?
考えてもわからん、と思考を放棄し村へと戻る。
全く2日でコレじゃこの先どうなる事やら…
煙草を銜え、村への道を歩きながらこれからの事を考えるのだった。