『猫守紀行』

〜【3】1円玉と10円玉〜




バ・ゴブ村に着いた俺達はジェイ・ゴブの家に向かった。

「長、イチナさんが無事鎧熊を討伐してくださいました」
俺のカートンは1つ犠牲になったが…

「おお!良くやってくれた!実はおぬし等が行っておる間に依頼を受けた冒険者が来ての。まだ村に逗留しておるんじゃよ。おぬし等が戻ってこなかったら自分たちが行くから報酬をよこせとな」

報酬なんかあったのか?俺はバ・ゴブについて来ただけだし。
熊退治もこの世界でどの程度やれるかを見るためだったから報酬については考えてなかったな。

「何、俺達報酬貰るのか?」

「もちろんじゃよ。この村のために危険な鎧熊を倒してくれたんじゃ。本来なら冒険者に払う報酬を渡すことはいかんのじゃが、その方の路銀を少し多くするくらい問題ないじゃろ」

魔法で姿を変えておられるのじゃろ?と中々にぶっ飛んだ事を言う。
これが、ジェイ・ゴブの子猫大魔道士説である。

「あ〜、まあ、そういう事なら有難く頂戴するよ」

袋の中を確認すると四角い銀貨2枚に丸と四角の銅貨がそれぞれ10枚近く入っていた。
恐らく銅貨が路銀だろう、コッチの通貨の価値がわからないが銀が銅より安い事はないと思いたい。

「それでこれからどうするんじゃ?」

「そうさな…特に当てもないんだが、冒険者にはなろうと思っている」
『神』を探すにしてもなっておいて損はないだろう。

「そういえばイチナさんは、まだ加護を持っていないのでしたね。でしたら『王都シェルパ』の教会などはどうでしょう?あそこの『信託の間』は信じるべき神に会える場所ですから、神を見たことの無いイチナさんにはぴったりだと思いますよ」

「…え?会えるの?」
はい、と頷くバ・ゴブ。
何言ってんだとコイツいう目で見てくるジェイ・ゴブ。

…とりあえず目標は決まった。
「……じゃあ、『王都シェルパ』に行くか…明日にでも」
ジェイ・ゴブにもう一晩泊めてくれと頼み、今日は休むことにした。

朝起きると家の前が騒がしい。
サウスも気づいているようだが、白が体の上で寝ていて動けないようだ。

部屋を出て煙草に火をつけ起きがけに一服。
煙草を銜えたまま、外に行くとジェイ・ゴブが冒険者風の奴らと話していた。

「どうしたよ?何か問題か?」
「あぁ、護衛殿か、この冒険者達が鎧熊を倒したから報酬をよこせと言ってきてな…

「なによ!何か問題ある!?あんた達の頼んだ、助っ人は帰ってきてないじゃない!死体だって持ってきたわよ!」
ふふん!とふんぞり返る女冒険者、俺の事が見えてないのか自慢げに胸を張る…張るほどの胸は無いが。

後ろの仲間は俺に気づいて顔を青くしているがな。

「あんた誰よ?冒険者じゃないわよね?商人かしら?まあ、あんたには関係無いわ。すっこんでなさい!」
流石にイラッときたが後ろの奴らが必死に頭を下げているのを見て少し哀れに思えてしまった。

「俺がお前さんの言う助っ人だよ…しかし、態々あそこから熊を引きずって来たのか?ご苦労なこった」
ようやく気付いたのか、後ろの仲間を振り返る。
ウンウンと頷く奴らを見て顔を青くしてこちらに向ける。

「あ、あはは〜冗談よ!冗談!…ほら!鎧熊はいろいろ素材として使えるから譲って欲しいな〜、なんて…」
はぁ、何をそんなに焦ってるのか知らないが。
呆れてはいるが怒ってはいないぞ?

とりあえずジェイ・ゴブにどうするか聞いてみた。
「そうじゃの、こちらとしては依頼を出した地点で素材は諦めておるからな。本来は退治したおぬし等の物じゃろう。そっちで決めればいい」

ふむ、素材ねぇ。
防具とか作れるのかね?もしそうなら貰った方がよさそうだな。
何せ今着てるのはYシャツにジーンズ、靴はごつい作業靴だ。
うん、防具はいるな。

「なあ、ジェイ・ゴブ。熊の素材で防具とか作れるよな?」

「ん?うむ、結構な大きさじゃからな防具なら十分作れるじゃろ。同じ鎧熊の防具を買うよりは作って貰った方が安いじゃろうな」

「そうか、ならコレは俺が貰おう。…しかしな〜王都までどうやって運ぼうかねぇ。道も知らないしな〜?」
俺はチラチラと冒険者達を見る。

女冒険者は「なに?あんた私に気が有るの?」とかほざいているが、仲間の奴らは気づいたようだ。

その内の1人、フルプレートを装備した奴(性別までは分からん)が声を掛けてきた。

「すいません、僕たちも王都へ報告に戻るのですが。どうでしょう?鎧熊の運搬と王都への案内を僕たちにやらせてくれませんか?もちろん護衛もしますし馬車もあります。護衛の方は必要ないかもしれませんが…」

声から判断するに恐らく男。か?
鎧で声がこもって判断しずらい。

俺の刀をチラリと見てそう提案してきた。

「それは有難いな。報酬の相場がわからんのだが、どの程度のものか教えてくれないか?」

「丸金貨3枚よ!」
横から女冒険者が声を上げる。
慌てて仲間の弓使い(女)と小柄な剣士(女)が口をふさぎ、羽交い絞めにした…
ハハハ、と乾いた笑いをもらす弓使い。
どうやら、ぼったくる気だったらしい。

金貨は恐らく銀貨の上、何枚で金貨の価値になるかわからんが、鎧熊の報酬が四角い銀貨2枚だったのだから、金貨3枚はやりすぎだ。
それに丸と四角でも価値が分かれるみたいだな。

「すいません…少し事情がありましてお金を集めているものでして。運搬と案内ですから、王都までの距離を考えて大体一人辺り丸銅貨10枚ですね。護衛による戦闘を含めますと丸銅貨20枚になります」

こいつ等4人だから護衛付きで80枚...四角銀貨は丸銅貨100枚と考えていいのか?
「四角銀貨でお釣りは有るか?」

「ええ、大丈夫ですよ。丸銅貨20枚になりますが、大体は成功報酬ですので、着いてからで結構です」

もしかして銀貨も100枚で金貨になるとかじゃないよな?
もしそうだとしたら金貨3枚はとんでもない額だぞ、おい。

「なら頼もうか、俺は甘坂一南。ああ、一南が名前な。よろしく。あと、連れが2匹ほどいるからそいつらも頼む」

「イチナ殿ですか、僕はソルファ・カンバスと言います」
そう言ってフルフェイスの兜を取るソルファ。女だったか。
銀髪のおかっぱ頭に均等のとれた美しい顔。
瞳はグレーと『元の世界』ではありえない組み合わせだ。
フルプレートにフルフェイス、武器はハルバートと中々に重量級の装備である。
「しかしイチナ殿の連れとは?」

そういえばまだ白は寝てんのかね?あいつが起きないとサウスが動けないんだが…
「ん〜、まだ寝てるんじゃないか?とりあえず、あんた等のメンバーを紹介してくれないか?」
ソルファは、「そうですね」と言ってメンバーを集めた。
「僕は先ほど名乗りましたので…、では順番に」

「じゃあ、私からね!」
はいはい!と手をあげるぼったくり冒険者。
「アリーナン・バルト・ツァイネン、魔道士よ!」
さあ!ひれ伏しなさい!とバカなことを言ってるアリーナン。

赤毛、サイドテール、小柄なぺったんこ。
顔は美少女のカテゴリだが言動が残念だ。
喋らなければ…というやつだな。

魔道士か、弱そうなのに…あえて何がとは言わない。
魔道士なのに皮鎧を付けている辺りに残念さがうかがえる。

「私はリンマード・パルプです。…うちのリーダーがごめんなさい」
むしろアリーナンがリーダーなのに驚きだよ。
リーダーはソルファだと思っていた。

リンマードは弓使いだ、長い金髪を1本の三つ編みにしている。
瞳の色は青。
耳が長い。エルフというやつか…実際見ると感動ものである。
若草色の服を着て胸当てをしている。
デカいな。胸当てからこぼれそうだ。

「次、私。ハーネ・クロス。剣士」
白い髪を肩ほどまで伸ばした、褐色の肌で瞳は金色の小柄な女の子である。
額には親指ほどの角がついており、腰にはショートソードを下げている。

…角ねぇ?
『鬼』ぐらいしか思いつかないが装備は軽装でどちらかというと速さで戦うタイプだろうな。

最後にソルファが「パーティー名はツァイネン騎士隊です」と言った。
確かにアリーナンに1人だけミドルネームが有るのは気になったが、まさかツァイネン家の騎士隊とかじゃないよな?

一通り名乗り終えた時、ジェイ・ゴブの家からサウスが出てきた。

「なっ!ウルフリーダー!?何でこんなトコに!」
そう叫んでアリーナンはソルファの後ろに隠れ、他の連中も武器を構える。

「心配ない、コイツが連れだ。ん?おい、白はどうしたよ?」
そう聞くとガウッと返事と共に口から何かこぼれる。
「み〜〜」
べちゃりと落ちたのはサウスの涎にまみれた白だった…

「何してんのお前?」
そっぽを向くサウス。
咥えようとして丸々口に入れたのだろうか?
白は涎濡れの体で俺に寄ってくる。

「はぁ、とりあえず綺麗にしなきゃな」
あまり触りたくはないが涎でベトベトの白を拾い上げ水場へと向かう。

「ちょっと!何その魔力!私の10倍は有るじゃない!それに、その…ソレ何?」

「アリーナンの10倍とか言われても基準が分からん。ソレってのは白の事か?子猫見たこと無いのか?」
子猫?と全員が首を傾げる。
え?この世界、猫がいないのか?

「マジか…王都、というかこの先めんどそうだな」
ただでさえ加護を2つ以上持っているとされる者は貴重とされる。
本気でコイツの護衛をしなくちゃならんかもしれんな。

モチャモチャと暴れる白も天使だった。

ツァイネン騎士隊は鎧熊の必要な部分を切り取りに行き今はいない。
洗い終えいつもの真っ白フワフワに戻った白はサウスの上でくつろぎ中である。

「…首輪でも作るか」
ソルファが言うには首輪なしでテイムモンスターは町に入れないそうな。
簡易でいいから作っておいた方がいいとの事だ。

ジェイ・ゴブに頑丈な紐を貰いそれに脇差の切っ先で穴を開けた『1円玉』を通す。
これで白の『首輪』完成デス。
同じように10円玉もあなを開け紐を通してサウスの『首輪』である。

2匹はすんなり付けてくれた、白は気に入ったのかサウスの上で飛び跳ねている。
出来れば白には小さくて金色のコロコロなる鈴を付けて欲しかったのだが…
ない物は仕方ない。

…そろそろ跳ねるの止めてあげような?
サウス、顔しかめてるから。


馬車に荷物を運び込む作業になったので俺も参加する。
引越しのバイトを舐めるなよ?

…おかしい。
俺一人でやった気がするのだが?
後ろを振り返るとツァイネン騎士隊が白に群がっていた。
あぁ、子猫パゥワーか、なら仕方ない。

「お〜い、終わったぞ」

アリーナン以外がハッとコチラを振り向きバツの悪そうな顔をして謝ってきた。
が、アリーナンだけは恍惚とした表情で白を愛で続けていた。

「何この存在全体で媚びてくる生き物は…それにこの気持ち…はっ!これが愛!」
うん、放っておこう。

「おじょ、いえアリーがすいません。いつもああなんですが、今回はよりひどいですね…」
ソルファよ、結構毒舌だな。そして『おじょ』の続きは『うさま』ですか?
残念お嬢様とその護衛といった所かねぇ。

「そろそろ行くか?俺としてはこれ以上ジェイ・ゴブに世話になるのは心苦しい」
ソルファは、そうですね。と答えアリーナンを呼びに行く。
その間にバ・ゴブやジェイ・ゴブに別れを告げた。

一路『王都シェルパ』へ

戻ってきたアリーナンの頭に大きなたんこぶが出来ていたが気にしないでおこう…

そして、恐らくもう出番はない。




【4】初めての魔法と拉致