『猫守紀行』

〜【6】王宮騎士。〜




俺は甘坂一南。
ちょっとお茶目な25歳だ。
…すまん無理があるな。
たまに自己紹介を挟んで置かないと忘れられそうだからな。
さて、お話を始めよう。

「おはよう。白」
「み〜」
白に顔を舐められて目を覚ます。
起き上がると白はコロコロと胸元から転がって「みーみー!」と抗議の声を上げた。
俺は苦笑しながら白を拾い上げ飯を作ってやる。
飯といっても盗賊のアジトから拝借したミルクや携帯食だが。

白が飯の皿に夢中になった所で、体をほぐし軽く刀を振る。

「フッ、フッ、フ〜。」
一通り刀を振り終えると、いつ起きていたのかソルファと目があった。
「起きてたのか?声ぐらいかけろよ。恥ずかしい」
「いやいや、いいものを見せてもらいました。どこの流派ですか?それに、その剣もまるで芸術品のようです」
「流派は一子相伝のバカみたいな流派さ。それとこれは刀で切ることに重きを置いた剣だよ」
適当に説明しながら汗をぬぐう。
煙草に手を伸ばすが残り8箱…
自重しなければ2日で吸ってしまう量である。

葛藤の末、火をつけてしまった…
煙が五臓六腑に染み渡る。

「いつも思っていたのですが、イチナの吸ってるそれは何ですか?」
煙にか、少し顔をしかめながらも聞いてくる。

どう説明したもんか…
毒?
いかん、考えるとポジティブな説明が思いつかん。
リラックスするための薬草?何か違うな。
いや確かにリラックスは出来るんだが、その分リスキーではあるしな。
「あ〜、コレはだな…」
知らない人に説明するのには煙草は難易度が高いと思うのは俺だけだろうか?
「そう!自分の身体能力を落とし技術を磨くために使う『煙草』という物で俺の流派の秘儀の一つだから吸おうとするなよ?」
うむ、実にやっつけで適当な言い訳でござる。

「なんと?ソレほどの物だったですか…私はまた葉巻の一種かと思っていました。勘違いをお許し下さい」
そう言って頭を下げるソルファ…

何だと?
今、葉巻と言いましたよね、この子?
有るんだ葉巻…
やべぇ、適当な事言ったばかりにソルファが居ると葉巻を買えない!
顔を上げたソルファは、「しかし下がった能力であそこまで動けるとは」とキラキラとした尊敬の眼差しで俺を見ていた。

やめてください、死んでしまいます…
ガリガリと精神を削られていると皆が起きてきた。

「それじゃあ、出発しましょうか。いざ王都へ!」
リンマードが声を上げると皆が馬や馬車に乗り込んだ。
しかし、王都に行っても大丈夫なのかね?
まあ、ソルファが「王都でギルドにに報告に戻る」と言っていたから、お膝元では仕掛けてこないかもしれんが、問題は道中だよな。

「ちょっとハーネ!行者変わりなさいよ!」
「いや」
…もうちょっと考え事させてくれんかね?

「み?」
「あぁ、お前は寝てろ」
そう言って白を撫でてやる。
アリーナンはよほど白に嫌われたのか、何時もはサウスの背で寝ている白が行者席の俺とハーネの間にいた。
盗賊のアジトにあった檻の中の毛布はいただいてきた。
フカフカとした肌触りの毛布に埋もれるように白は丸くなっている。

「ああ〜白ちゃ〜ん!」
サウスに引きずられ馬車の中に戻されるアリーナン。
サウスが一仕事終え行者席に顔を出したので、眉間のあたりを掻いてやる。

「すまんが、しばらくアリーナンの相手を頼むぞ?」
ガウと白を起こさないよう声を抑え返事をする。

そんな事もありながらようやく『王都シェルパ』まで後1日といった距離まで来た。
仕掛けてくるならそろそろか?

馬車を走らせていると道の真ん中に人影とモンスターを見つけ、馬車を止めるとあちらから声をかけてきた。
「お待ちしておりましたアリーナン・バルト・ツァイネン女史。私はしがない『騎士』をしております。カロック・ジャナスという者です。申し訳ありませんがアリーナン女史にはココで不幸な事故にあって頂きたく、参上いたしました」
そう言って指を鳴らすカロック。
モンスターが2匹ほど茂みから出てきた。
出てきたモンスターはウチのサウスよりも更に大きな狼型で、紫の毛をした2.5メートル位のデカぶつ。毛もごわごわしてそうだ。

ちなみにサウスは1.5メートルほどで毛色は灰色。
滑らかな手触りである。
当然だが、毛並みは圧倒的にサウスの勝ちだな。

しかし奴の隣にいるアレは虎か?
子供の虎は大きさは違えども見た目は子猫に近いと思のだがアリーナン達は見たこと無かったのか?
両肩からは、2メートルほどの半透明の鞭が3対生えている。
この場合は触手でもいいか。
体格は2メートルくらいで黄色と黒のまさに虎!という見た目にそんな物が生えているのだから違和感が半端ない。

「バカな!?カロック・ジャナスだと!王宮騎士じゃないか!!」
王宮騎士ね…確かに高級そうな銀色の鎧と意匠の凝った剣と鞭を腰に下げて要る。
カロック自身は執事といった感じで、髪型はオールバック。
ちょび髭が良く似合う。
しかし笑顔が胡散臭い、何より目が笑ってねぇ。

「パルプウルフが2匹も…それにウィップティガー」
厳しい表情でハーネがモンスターの名前を呟く。
いや、名前だけ聞かされてもねぇ。
それより気になってんのはあの虎。腹が大きく無いですかね?
まさか妊娠中とかやめてほしいんだが…

「ふふ、流石に知ってますか。ならば分かるでしょう?貴方達に勝ち目がない事くらいは…私の目的はアリーナン女史です。置いていくなら追いはしませんよ?」
ふふふ、と胡散臭い笑みを浮かべるカロック。
正直お前はどうでもいい。
俺は虎の腹が気になってしょうがない。
ちなみにソルファ達は「ふざけるな!」と言って断っていた。

「どうでしょう、そちらの方?私が王都まで案内しますよ?」
不安そうにこちらを見てくるアリーナン。
案内の事まで調べてるのか…
バ・ゴブ達は大丈夫か?

「なあ?そのウィップティガーだっけ?ソイツ妊娠してないか?」
「は?私はそんなこと聞いてはいませんよ?まあ、いいでしょう。モンスターは妊娠しませんよ。腹が膨れているのはコイツが年老いて転生できる条件がそろったのですよ。本来パルプウルフだけのつもりでしたが、他の隊から押し付けられましてね…戦いで死なないと転生できないとはモンスターとは難儀なものです」

全員がこんな時に何言ってるんだコイツ?
と視線を強くしてきた…
知らないんだから仕方ねぇだろうが!

しかし、転生とかあるんだ…
戦いで死ななきゃ転生できない、ね。
なら遠慮はいらんな。
年老いた者の経験は何であれ脅威だ。

「そうかい、なら安心だ。それとさっきの答えだがな?お断りだ。こいつ等に依頼してるんでな、お前はお呼びじゃない。まあ、俺としてはさっさと王都で神に会いたいからな?邪魔をするなら…斬り散らす。」
そう言って俺は脇差『一匁時貞』を抜刀し殺気を放つ。

俺の殺気に充てられたのか「なっ!」と声を上げながら半歩下がるカロック。
パルプウルフ2匹も同様に唸りながら1歩下がった。
やはりと言うか…
ウィップティガーだけは下がらずに3対の鞭を唸らせ、闘志をむき出しにして1歩前に出てきた。
コレは中々に強敵かも知れんな…

「ソルファ、パルプウルフを抑えられるか?」
「1頭ならば私たちでも何とかやれるが…2頭相手だと、時間稼ぎしかできないぞ?」
「み〜、み〜!」
充分だと言おうとした時。
白が足元まで来て鳴いた。
何だ?
見てみるとそこには『フルアーマー白』が居た。
フンスッ!と鼻息を荒くしプルプルと鎧の重さで足を震わせながらまるで、僕も戦う!と言わんばかりだ。

とりあえず無言で白を拾い上げ、サウスの背中に乗せる。
鎧が解け、未だみ〜、み〜!と抗議の声を上げているが気にしない。
脱力して俺の中の緊張感がどっか行ったが、気にしない。
白の事をすっかり忘れていた。
サウスはお守で戦闘からは抜ける事になるな…

「ほう、中々興味深い生き物を持っていらっしゃる。加護持ちですな?それにその魔力量…すばらしい!どうでしょうか?その生き物を渡してくれれば今回は見逃して差し上げてもよろしいですよ?」

あぁ?
何言ってやがるんだコイツ?
俺が口を開くより先にアリーナンが白への愛を口走っていた…
「ふざけるんじゃないわよ!白ちゃんは可愛くてフワフワでラブなのよ!私の代わり?はっ!白ちゃんが私の命程度で交換できると思ったら大間違いよ!白ちゃんと交換したいならこの世界…ガファーリアくらいよこしなさい!それでも考えてあげるだけですけどね!」
アリーナンはまだ言い足りないといった感じだ。
ふーふーと息を荒げている。
そうか、ココはガファーリアって言うのか…
もう少しまともに知りたかったな。

カロックはアリーナンのあまりの勢いに若干引き気味だ。
「…し、仕方ありませんね。では予定どうりに…進めましょう!」
そう言った瞬間、2頭のパルプウルフが襲ってきた。
1頭はソルファ達にもう1頭は俺にだ。

緊張感はないが油断してるわけじゃない。
「グルガァ!」
巨体に似合わぬスピードで突っ込んでくるパルプウルフ。
デカい口は喰いつかれたら骨ごと持っていかれそうな迫力が有る。
そのままのスピードで口を開け飛びかかってきた。
「ちょろい。」
刀を右手に持ち、左手は鍔へ。
パルプウルフの体の下を滑るように移動する。
その際に刀を立て喉から刃を入れ切り裂いた。
戦闘時間、10秒かからず。

「…あっけねえな。まあ、まず1頭か」
ソルファ達の方へ眼をやると善戦しているようだ。

「ばかな!パルプウルフがあっさりと…」
ああ、流石にあっさり過ぎたかな?とは思っているがね。
この後の老虎を考えるとできる限り体力は温存したい。

「ですがこのウィップティガーは『戦の神』の加護持ちです。老いているとはいえ只の剣士に遅れは取りませんよ」
カロックは剣を抜いてこっちを睨んでいるがお前はどうでもいい。
俺の視線の先には年老いたウィップティガーが四肢に力を漲らせいつでも来いと誘っていた。
加護持ちね…
その『加護』とやらが、どの程度のものか楽しみだよ。

ふぅ〜、と息を吐き、白に解かれた緊張感を体に巡らせる。
「それじゃぁ、やりますかね」
その一言と共に俺と老虎は動き出す。

「せいっ!」
一足で踏み込み袈裟がけで切り込む。
しかし3対の半透明の鞭を3本束ねて防がれた。
真後ろ、正面、右側面からの3面攻撃。
何とか躱したが、躱した先に爪が待っていた。
やべ!

頬を浅く切られ、その間の隙に鞭を1発背中に喰らった。

こりゃ、難敵だ。
加護だけじゃない。
この老虎、やはり戦闘経験は凄まじい物がある。

脇差を収めもう1本の刀、居合い刀『刻波』に手をかける。
脇差じゃこの老虎の鞭についていけない。
速度を求めての武器変更だった。

「ふふふふふっ、剣を収めるとは…隙有です!」
そう言いながら切りかかってきたカロック。
正直、うぜぇ。
カロックは王宮騎士と言うだけあって剣の腕も立つようだが…
切り付けるなら声を掛けるな。
「お前は寝てろ。」
この老虎に居合抜刀を見せるのも癪だったので、今回は体術でお相手しよう。

剣を振り下ろしてくるカロックに対し1歩踏み込み。
腕をつかみ、カロックの踏み込んでいる足を踏み折り、顎に掌打を浴びせる。
本来なら掌打で顎を真上に打ち抜いてからそのまま肘を落とし仕留める技である。
が、カロックには十分だったようで気を失い倒れた。
何か加護でも持っているのか打った感触がえらく硬かったが…まあいい。

それじゃあ、始めますかね。
老虎との戦いを。

そして、恐らくもう出番はない。




【7】老虎、転生。