「ここが練兵場です」
シャーニスが案内してくれた練兵場は石畳で作られており、すでに部隊が使っていた。
そこたら中から剣撃の音がしている。
「なあ、シャーニス。今更だがなんでココなんだ?」
「それはもちろん君の腕を見たいからさ。今使っているのは近衛金獅子隊。近衛部隊の中でも戦闘に特化した部隊なんだ」
ニコニコと笑顔で碌でもない事を言うなぁコイツ。
「俺まだ剣返してもらって…」
「お待たせいたしました、こちらに届けるようにとのご命令でしたので」
何というタイミング、そしてなぜココが分かった?
兵士から脇差の『一匁時貞』と居合刀『刻波』を受け取る。
久しぶりの重さに涙が出そうだ…
「ここの事を伝えたのは恐らく母上だろうね」
ああ、そう言えばアイリンの横で聞いてたね。
「しかし、金獅子ねぇ…買い食いする事ぐらいしか知らないな」
買い食い?と疑問を浮かべるシャーニスにアリーナンから聞いた金獅子の隊長の事を話す。
「ふふっバーマックがそんな事を…」
噂をすればという奴か、大柄な半裸の男がコチラに歩いてきた。
あれがバーマックかねぇ?
王宮騎士隊の隊長のガナンよりは強そうだが、それだけだ。
まあ、この世界は剣の腕が全てじゃないみたいだしな。
「おや、殿下がこのような場所に来るなど珍しい。そちらは…貴様何者だ?」
「いきなり殺気ぶつけてくんじゃねえよ、ったく。謁見に来た客だよ、客」
和やかに王子と話したのとは一変。
俺に向かい殺気を飛ばしてきやがった。
まあ、あの場に居なかったコイツには剣を下げた不審者にしか映らないか。
「ふふっ、彼はイチナさん。例の剣の持ち主だよ。イチナさん、コッチがバーマック・アドラス。さっき言った金獅子隊の隊長で『戦の加護』のレベル3を持っているんです」
このおっさん、ぼさぼさの髪の色は汚れた金色とでも言おうか、黄色とも少し違う色だった。
瞳は赤茶色で半裸の上半身には至るとことに傷が見える。
まるでライオンだな。
服装と髪型を何とかすればダンディーに見えないことも無いか?
「すまんが。その加護のレベルって何だ?俺はこの王都に来て初めて加護を受けたから良く知らなくてな」
そうなんですか?それじゃあ。とシャーニスが説明に入ろうとすると。
「小僧、そのようなことで殿下の事を煩わせるな。俺が説明してやる。貴様の加護は何だ?言え」
何か当たりが強いなこのおっさん。
俺が「『戦の加護』だけど?」と言うと。
「ちっ。俺と同じか…まあいい。戦の加護はレベルに応じて、自身が戦いと認めた時のみ身体能力を上げてくれる。加護の中で一番知らせても困らない能力だ。他の加護も使えば使うほどに熟練し能力も引き出せる。それゆえ段階に分けレベルでその熟練度を見ているのだよ。もっとも戦の加護は加護の中で一番レベルが上がりにくい加護でもあるがな」
それはそうだろう。
戦いでのみ上がる身体能力、たとえ上昇率が1%だろうが戦いにおいて慣れない力は首を絞めかねん。
普段と感覚が違うのだから、慣れるのに時間がかかる上に練習ができない。
まさに常在戦場を地で行く、くらいしないと扱えない加護だ。
ガトゥーネ…なんて物くれたんだよ。
「そのレベルってのはどうやって知るんだよ?」
「教会か祭壇で神に直接聞くんですよ」
なんとも神頼りなことである。
「さあ、イチナさん。戦の加護なら、なおの事加護での戦闘に慣れておいた方が良いとおもうんですよ。バーマック!」
はっ!と臣下の礼を取るおっさんに対しシャーニスが
「彼と戦うに見合う者を用意してください。ふふっ、楽しみですね」
王子様は1人突っ走り始めた。
まあ、練習だと思ってやるかね。
流石に戦の加護の加減ができるまで、刀を使う訳にいかず。
刃を潰した剣を借りた。
俺の相手は、当然バーマックだ。
「小僧、そんな軽装でやる気か?」
おっさんは半裸の上に金色の鎧を付けていた。
獲物は…おい、明らかに殺す気だろう?お前。
手には両手剣、もちろん刃は潰してない。
「ハッ!怖いのか?安心しろ、お前と違い俺は加減ができる」
安い挑発ありがとう。
おかげで冷静になれた、当れば死ぬ。
「くはっ。いいねぇ、戦いって感じだよ。おっさん」
思わず笑いが漏れた時、体にカチリと何かのスイッチが入った。
体全体に力が灯る。
これが加護か…何かえらく体が軽い。
コレは拙いかもしれんな、加減ができんぞ?
「まず先に謝っとくわ。すまん」
「小僧、何を言っている?」
「防げよ?おっさん……」
俺は両手に剣を持ち肩に担ぐように構えを取った。
「武技『走秋』」
おっさんは本能的にまずいと悟ったか両手剣を盾にした。
俺はおっさんの横を走り抜けるように『両手剣』を切り付けた。
ギャイン!と音がしたが何の音かは俺の持っていた剣を見れば分かる。
折れている、何とか刃の部分が一か所繋がっている程度だ。
両刃剣でこれなら刀とかで突撃系の武技、使えないんじゃ…鉄の加護があると言っても、どこまでやっていいか分からないし。
おっさんに戦意がないと分かるとカチリと体が重くなる。
こりゃ、使いこなすのは至難の業だな。
「よう、剣壊しちまった。」
そう言って折れた剣を見せる。
おっさんの両手剣にもクッキリと叩きつけられた跡が残っていた。
「…小僧。お前、加護レベルは幾つだ?」
「知らんよ。昨日受けたばかりだレベルについても神に聞いてなかったしな。それより、レベル1分の上昇率ってどのくらいなんだ?」
「昨日だと?戦の神は公平だ。いきなり高レベルを与えるわけがない…」
自分の剣を見ながらブツブツ言い始めた。
仕方ない、シャーニスに聞くか。
「おい、シャーニス。聞きたいことがあるんだが。」
シャーニスはサウスに首ったけで聞いてない。
ふむ、シャーニスは犬派か。
この分だと試合の方も見てないな…楽しみとか言ってたのはお前だろうに。
「よーし、よし、よし。お前は賢いな。ん?あれ、イチナさんバーマックとの試合はどうしたんですか?」
サウスは大人しく撫でられているが、少々ウザったそうだ。
「終わったよ。それよりも聞きたい…」
事がと続けようとすると邪魔が入る。
「あそこが練兵場ですよ。でも男臭いですから近寄っては…って姫様!走ると危ないですよ!」
パタパタパタ、ドテッ…「ああっ!姫様大丈夫ですか!?」…パタパタ
…一度こけたな。
アイリンが練兵場に顔を出すと同時にこんなことを口走った。
「イ、イチナさん!あの、つ、続きをしに来ました!」
薄っすらと上気した顔と何かに期待して上ずった声。
転んで涙をこらえ、潤んだキラキラと輝く瞳。
ハァハァと走ってきたせいで息を切らしているのもポイントだった。
練兵場に居る全ての兵士やバーマックのおっさん。
後からついて来た女兵士の殺気と視線が突き刺さる。
シャーニスはサウスに顔をうずめて肩を震わしている……てめぇ、笑うなら堂々と笑えや。
取りあえず王子の脇腹に軽くけりを入れ説明しろと促す。
どんどん俺の中でシャーニスの扱いが悪くなっていくが気にしない。
「イチナさんが妹を欲しいのなら婚約してみるかい…プフッ!」
「え、そんな…まだ知り合って間もないですし。…あのお友達からで」
両手を頬にあてイヤンイヤンと体を振る12歳。
更に殺気が増したな、説明させようとしたら状況を悪化させやがった。
アイリンの後ろの女兵士にいたっては剣を抜き般若のような顔でコチラを睨んでいる。
面倒くせぇな、おい。
「はぁ、動物触りに来たんだろ?婚約云々はシャーニスの冗談だから真に受けんな。友達位はなってやるから、な?」
「はい!じゃあ今日からお友達ですね!マーミナ私お友達が出来ちゃったわ!」
急いで剣を仕舞い慈愛の表情で「よかったですね姫様?」と言う女兵士。
アイリンがこちらを向くと俺を般若の表情で睨んでくる…
「ほら、こっち来い。紹介してやる。」
はい!と最初に会った時とは別人のように元気な返事である。
サウス、黄助と紹介して白の紹介の時に抱っこさせてやる。
「み〜?」
「うふふ、私はアイリンよ白ちゃん。サウスさんと黄助おじいちゃんもよろしくね?」
何だと、黄助『おじいちゃん』?
シャーニスの方を見ると、あっちも俺を見ていたようだ。
「妹はね生まれた時から何かの加護を持っていたんだ。何の加護かは分からないけど動物と話すことが出来る加護…もちろんモンスターともね」
アイリンに視線を戻すと白達が動物タワーを披露していた…
下からサウス、黄助、白の順に四足でピシッ!と立っていて大道芸としてやっていけそうな出来である。
目を放している間に何があった?
「サウス、アイリンを乗せて練兵場を一回りできるか?」
「ガウッ!」…問題ないらしい。
え、でも…とチラチラとシャーニスの事を見ている。
「行っておいで。むしろ僕がサウスに乗って駆け回りたいくらいだよ」
後半が欲望ダダ漏れである兄の許可も取ったのでサウスに「乗せてくれますか?」と尋ねていた。
「がぅ」
「み!」
黄助が白に向かい何か吼えた後、白は鞭白へと姿を変えてサウスに飛び乗る。
黄助はサウスから降り俺達の方へと向かってくる。
「落ちそうになっても白ちゃんが守ってくれるって言ってます。お兄様、イチナさん。行ってきますね?」
フンスッと意気込む白に、うふふ、と幸せそうに笑うアイリン。
サウスは白とアイリンを乗せて歩き出した。
「白が守るか…黄助お前が教えたのか?」
近くに来た黄助に尋ねる。
「がぅ」
もちろんアイリンのように言葉は分からないが、何となく分かるのだ。
「そうか、これからも色々教えてやってくれ。頼んだぞ?」
そう言うといつも通りに短く「がぅ」と鳴く黄助だった。
それから、しばらく遊んで宿に戻ってきたのだが、何か忘れている気がする…
あ、上昇率を聞くの忘れてた。
それと、防具も。…仕方ない刀が戻っただけで良しとするか。
しかし、どうするかな。
明日の決闘…
現状の加護で刀を使うとオーバーキルの可能性が大である。
先に木刀を作った方がよかったかもしれん…
いい女だったし、切った張ったは余りしたくねぇな…
そんな事を考えながら眠りにつくのであった。