『猫守紀行』

〜【15】決闘の下準備〜




「はいはい、たんと食べな」

食堂に降りると女将さんがサウスと黄助にご飯を上げていた。
腕に抱えていた白も一緒に食べたかったのか。
「み〜!」と鳴きながら、腕から飛び降り突撃して行った。

「おはよう女将さん。朝から悪いな」

「はい、おはよう。良いんだよ追加料金はもらったしね。まさかガードウルフだとは思わなかったけどね、それにこっちはウィップティガーかい?こんな個体は見たこと無いが、あんた大したもんだよ!」

あっはっはっ!と笑いながら、バシバシ俺の肩を叩く女将さん。
サウスは白のテイムモンスターなんだがな。

料金が一日分丸銅貨3枚増えた。
こいつ等を連れて来た昨日の夜に払っているため丸銅貨12枚が消えた。
残り丸銅貨81枚と四角銅貨10枚…宿でこれでは防具は無理だな。

熊の素材で安く作って貰おうと思っていたんだが、売らなきゃ作る金もできそうに無いな。

「あ、イチナ。おはよ。白たんは?」

アリーナン達も起きてきた。
アリーナンは白を見つけて突撃、ソルファ達は我関せずと女将さんに挨拶して食事を頼んでいた。
平常運転のパーティーである。

俺も飯を食いながら、チラリと白達の方を見る。

白に襲い掛かる(客観的に見てだ)アリーナン、威嚇する白。
守るように立ちふさがるサウスに、それに乗り迎撃する黄助。
激しい攻防が繰り広げられる中。
他の客は顔を逸らし何事も無いかのように食事を続ける。

…あそこだけカオスな空間だな。

黄助に叩き落されたアリーナンが、サウスに襟首を咥えられ俺達の元に連れてこられる。
がっくりとうなだれ席に着くアリーナン。

「くっ!日に日に連携があがって来てるわ……黄助きゅんに打たれるのも気持ちよくなってきたわね。ぐふふっ」

連携が上がってきたのは間違いなくアリーナンのお蔭である。
後半は聞いていない。
黄助きゅんとか気持ちいいとか聞こえない。

それとアリーナン。
それは、年頃の乙女の笑顔ではない。
変態の笑みだ。

ぐふぐふ笑うアリーナンを見ながら全員が微妙な気持ちになる。

「そ、そうだ!ソルファ聞きたいことが有るんだか?」
今のアリーナンに触れないように話題を変える。
「な、なんだイチナ!何でも聞いてくれ!」

戦の加護の上昇率について聞いてみた。

「戦の加護か?レベル1で10%ほどの上昇を確認したと国の調査機関の発表がひと昔前にあったな…確かに、多くの冒険者が持っていた加護だが今はあまり人気がない。何せ扱いにくいしレベルが上がる前に振り回されて死んでいく者か多いんだ。昔はレベル5に達した者もいたらしいが。大体の加護はレベル4で切り替えができるんだが、そこまで行くのが大変な加護なんだ」

切り替えか、オートかマニュアルかを自分で決めれるのかね?
そうなると切り札に成り得るんだがな。

しかし、戦闘時に10%かそりゃ振り回されるわ。

基礎が低い奴なら良いが、俺の場合は10%上がると完全に加減が利かない。
自分の力なら良いが他の要因でいきなり上がるのだ。
何度か使えば慣れるだろうが決闘は今日だそんな時間も無い。
モンスター相手ならそれでもいいが、今回は拙い。

相手は王族の冒険者『時姫』ファルナーク・サリス。
流石に殺すわけにはいかんよなぁ、どうするかね?

「仕方ないわ……1人で駄目なら2人で行くしかないわね!」
ガタッ!と椅子を倒し立ち上がるアリーナン。
俺が考え事をしている間に復活していたようだ。

「さあ!皆!ギルドに向かうわよ!待ってなさいマーニャ!」
2人ってマーニャの事か!…連携の練度がまた上がるな。

ソルファ達は渋々立ち上がった。
ソルファが仕事受けましょうよ…と呟いていた。

アリーナンの下がった残念度は戻らない。

「どうじゃ?準備できておるか?…なんじゃまだか」
アリーナン達がばたばたしてる所に時姫が来た。

「もう来たのか?まだ朝飯の途中何だがね。まあ、時間を指定してなかったしな」

「それを食べたら、ヤルかの?何処でヤル?我は何処でもよいぞ?」

よほど楽しみだったのか、しつこく急かしてくる。
それと、もう少し言い方を何とかしてもらいたい。
ソルファ達が冷たい目で見てくるのだが…

「なあ、ソルファよう?どこか広い場所を知らないか?これから『決闘』なんだよ。」
分かってるよね?と決闘を強調し遠回しに言ってみた。

「え?……ああ!決闘だな!もちろん覚えていたとも!?流石にAランクの戦闘に耐えられる場所は無いでだろうから…王都の外に出た方が良いと思う。ギルドで結界術師に頼めば被害も少ないだろうし」

覚えてなかったなコイツ…
結界術師ね、雇うとなると所持金が心許無いな。

「ふむ、ギルドには伝手がある。強制的に付き合せるのだ、その位は我がだそう。少々時間がかかるやも知れん、昼に門の前でよいな?それまでには準備して置くのじゃぞ?」
そう言って宿を出て行く時姫。

これで時間が出来た訳だ。

「ソルファ、鎧熊の素材を買い取ってくれる防具屋を教えてくれ。出来れば作って貰いたいが流石にそんな時間は無さそうだ」
ギルドで買い取ってもらうのが一番なのだが重い硬貨を持って移動するのも面倒だ。
どうせなら一軒で済ませたい。

「素材の買い取りは何処の店後もやっているから大丈夫だ。ギルドの近くに良くいく店が有るから其処にしよう……僕達もギルドに行かなくちゃいけないようだし。」
残念お嬢様が騒いでいる方に視線を向けるソルファだった。

「はぁ、なら行こうか」
溜息をついて宿を出る、さっさと買い物を済ませてしまいたい。


防具屋の前に馬車を止め荷物を見せの中に運び込む。
その間にソルファが店主に話を付けてくれたようだった。
運び終えて軽くなった馬車でアリーナン達はギルドに向かった。

ちなみに白達は宿で留守番である。

「お前さんがこれを倒したのか?」

「ん?ああそうだ。あんたが店主か?俺はイチナ。コイツの買い取りと防具を売って欲しいんだよ」

モジャモジャの黒い髭に140cmほどの身長。
力強さを感じる太い腕。

ゲームに出てくるドワーフ。
説明はこれで十分な気がする。

「おう、店主のガルレンズだ。ソルファから聞いてる。しかし今まで防具無しで良くやれてたな?」

「まあな、本当ならコイツで作って貰おうと思ってたんだがね。如何せん金と時間がな……」
時間?と聞いて来たので決闘の事を説明してやると大きな声で笑い出した。

「ガハハハハハ!あの時姫とこの後やり合うってか?良い度胸してんな、おい!」

俺は苦笑を返すしかない。
なにせ強制的に婿候補である。
勝てば婿、だが負けるのも嫌だ。

「この素材は買い取ってやる。お前さんはどんな防具が欲しいんだ?」

「打撃や蹴りに使えるような手甲と脚甲、それと胸当てくらいは欲しいな。あまり重装備だと動きが鈍る。買い取り金額から引いてくれないか?」
流石に加護のために普段の動きを犠牲にしたくは無い。

「まあ、構わんが。物によっては完全に相殺するぞ?」
相殺…良いなそれ。

「じゃあ相殺するように選んでくれ。付加袋をまだ持ってないからあまり硬貨が多いと邪魔なんだ」

「変わってんな、お前さん。普通はそっちが先だろうに。少し待ってな、選んできてやるよ」

ガルレンズが持ってきたのは右と左で長さの違うガントレットとつま先と踵に補強が入った脛まで守るレガース、そして黒い皮の胸当てだった。

「なんでこのガントレットは長さが違うんだ?」

右手のは肘までのガントレットというよりは籠手の類だなコレは。
左手は同じ意匠ではあるが肩まで守る様に作られており、右手の物よりも頑強にで来ている。

「おう、コイツはな。俺が若かりし時に作った物だ。一応鉄の加護が付いた一品なんだがよ。如何せん売れねえ。コンセプトは『盾いらず』作品名は『重心ズレター』だ。素材の関係でこいつがその中では一番高い」

確かにこれなら盾は要らない受け流せばいいからな。
しかし、装備すると名前の通り重心が左に傾く。
正直、微妙だ。

「なあ、もう少し右を重くするとか。左の関節部分を削るとかできなかったのか?これじゃあ名前の通りだぞ?」

「だから言ったじゃねえか。若かりし頃の作品だって。ちっとは調整してやるからよ。ほれ、お釣り」
そう言って四角銅貨を5枚渡してきたガルレンズ。
ギリだな。

「そう言えば買い取り金額は幾らなんだ?」
カチャカチャと装備しながら訪ねる。

「今更だな、おい。結構な大物だったみてえだし、俺みたいな防具職人にはいい素材だからな。丸銀3枚ってところだな」
ウワーオ、結構な額ですよ?丸銅30000枚分?

「この店で一番安いのは幾らだ?」

「そりゃ、馬皮の胸当てだな。丸銅貨90枚だ。お前さんのは浮牛の皮で作った奴だから丸銀1枚と丸銅貨20枚だな」

防具って高いな、いや俺が金を持っていないだけか…
しかしアリーナン達が欲しがるわけだ。

「ほれ、調整してやるから動きずらいとか有ったら言えよ?」
『重心ズレター』が…と言うと「ああ、そのうち慣れる」
バッサリだった、これから時姫と戦うんだが?
慣らすのは加護で精一杯なんだが?

調整も終わり「時姫との戦い見に行くからな!」と言われ店を出る。
3つの太陽を見上げるとそろそろ真上に来そうである。

「さて、行くかねぇ」
俺はのんびりと歩き出す、隣に馬車が来て速度を落としてきた。

「イチナ、送って上げるわ。…何その格好?」

アリーナンが訪ねてきたので「重心ズレターだ」とだけ言って置く。
不思議そうな顔をしているアリーナンは置いといて馬車に乗る。

門の前ではすでに時姫が待っていた。
それに知らない男も…何か疲れてないかアイツ?

「遅い!我に待たせるとは何事か!オノコは1時間前には待っておるモノじゃろうに」
まったく、成っておらん!とご立腹の様子だ。

「落ち着いてください、ファルナーク殿。むしろこの時間に来たのですから誉めてもいいと思います。それにファルナーク殿より1時間前って無理があります。彼に昼と伝えてから私の所に来たんでしょう?ファルナーク殿はギルドに来て、そのまま私を引きずってここまで来たじゃないですか…」

恐らく物理的に引きずられたのだろう、よく見ると服がボロボロだ。

時姫はプイッと顔を逸らした…子供か。

「はぁ。紹介が遅れました。結界術師をやっているハフロス・コーンと言います。今回は見届け人も務めさせていただきますので、よろしくお願いします」

何というか、礼儀ただしい筋肉の塊。
といった感じだ、身長は170ぐらいで髪は…無い。
キツネ目と言った奴で瞳は確認できず、眉の色が赤のため恐らく髪も赤かったのだろう。
戦士をした方が強いのではないだろうか?

「うっそ!?時姫の伝手ってギルドマスターの事だったの!?」
どうやらハフロスはギルドマスターらしい。

「そうですよ、Cランク冒険者のアリーナンさん。そして今回の犠牲者のFランクのイチナくん……」

同情の目で見るな、しかしランクを呼ばれると悲しくなるな…
しかし、アリーナンCランクだったんだな、初めて知ったよ。

「なんじゃ、お主Fランクなのか?とてもそうは思えんがの?」

「最近なったばかりなんだよ、加護を受ける前だったからFになったんだ。受けた加護は戦の加護で扱いずらいけどな」

さてと、それじゃあそろそろ。
「行きますか?」

話を切り上げ町の外に向かう。
町から少し離れたところにハフロスが結界を張る準備をしている

その間に俺は煙草を銜え、火をつける…
「ッフーー…くはっ!うめぇ」

戦いの前の一服、俺は上機嫌で『戦い』に臨む。





【16】『時姫』ファルナーク・サリス