どうやらハフロスが結界を敷き終わったようだ。
その頃には噂を聞きつけた冒険者や防具屋のガルレンズなどが見物に来ていた。
「よし、かなり強度を上げたからファルナーク殿が無茶をしても大丈夫ですよ」
「クフッ良くやった。では、参ろうか」
そう言って結界に足を踏み入れる時姫。
「さあ!賭けた!賭けた!時姫が勝つかイチナが勝つか!大勝負よ!」
アリーナンが馬車の上に立って賭けの元締めをしているのはスルーして、俺は自分の勝ちに全額賭ける。
時姫に勝たなきゃ『戦の神』に挑む資格は無いだろう。
まあ、軽い願掛けだ…願掛けで金が増えて戻ってくるんだ、最高だろ?
根元まで吸った煙草を携帯灰皿に押し込み、俺も結界に入る。
「クフフッ久方ぶりの婿候補じゃ、楽しませてくれよ?」
「婿云々は別にして、まあ頑張らせてもらうさ」
…まずは加護に体を慣らさなきゃな。
脇差の『一匁時貞』を抜き放ち構える。
「『時姫』ファルナーク・サリス。参る!」
「神薙流拳刀術、甘坂一南。行くぞ…」
名乗りを上げた瞬間、互いの殺気が突き刺さる。
加護が発動し、カチリとスイッチが入り体が軽くなる。
先に動いたのは俺。
間合いを詰めに行ったのだが、加護で感覚がくるい、行き過ぎて目の前にファルナークの顔があった……
「なっ!離れんか!」
顔を赤くして、手に炎を灯し。
横薙ぎに振るうファルナーク。
とっさに後ろに跳び躱したが、何より衝撃だったのは。
「それなんだ?手、燃えてるぞ。加護か?」
「何じゃお主、魔法も知らんのか?良く生きとるの?」
ファルナークの呆れた視線も気にならないくらいに凝視していた。
俺にとっての初めての魔法は『鈍器』と『旗』である。
魔法らしい魔法はこの結界くらいしか見た事が無い。
すごく使いたいです。
「待て、魔法は杖がなきゃ使えないんじゃなかったか?」
確かアリーナンがそう言っていた様な…
「む?これは魔法というより魔力にイメージを与えたものじゃ、杖を使う魔法は術式を組みそこに魔力を通す術式魔法じゃな。このイメージ魔法は魔導師が接近戦用に作ったもんじゃからの、剣士のお主が知らんでも、可笑しくないのぅ。何じゃ?使いたいのかえ?」
と言うことは、アリーナンの『ワンド』と『フラグ』はイメージ魔法なのかね?
「ああ、凄く使いたい…が。今はコレで良いだろう?」
そう言って刀を持ち上げる。
「クフッ。そうじゃの、それで十分じゃ」
改めて大剣を構える…ん?
大剣が真ん中で二つに分かれた。
「お主は早いからの?少々本気で行くぞ?」
片刃の大剣二刀流とは恐れ入るね。
今度はファルナークから突っ込んできた。
土を削りながらまるで竜巻だ。
一刀は『重心ズレター』で受け流し、もう一刀は『一匁時貞』で迎撃する。
「クフフフフッ!最高じゃ!これ程打ち合えた者は人間にはおらん!誇ってよいぞ『イチナ』!!」
「そいつはどうもっ!!」
ギャリギャリと鉄を削る音と剣を打ち合う音が響いていた。
しばらくそうやって打ち合っているうちに、体が加護に慣れてきた。
さて、そろそろ反撃させてもらいましょうかねぇ…
剣と刀の打ち合いはそのままに、左手の『重心ズレター』で、受け流しから抜き手を放つ。
「何っ!」とファルナークが体を引いた時に更に1歩踏み込み重心ズレターを纏った腕での肘。
さらに刀で追撃をして、ようやく距離を取ったファルナークだった。
「ふう、しんど…流石に煙草で体力落ちてるな」
そう言って左手をプラプラと振る。
重心ズレターを纏った左手で受け流していたにも関わらず、痺れていた。
苛烈な剣撃の衝撃は逃がせなかったようだ。
ファルナークはこちらをじっと見ている。
「どうしたよ?」
「お主は何故もう1本つかわぬ?それは飾りでは無かろう。」
「あん?こいつは必殺。文字どうり『必ず殺す』時に使うモンだ。お前は殺したくないし、切り札をこんな人前で見せたくもない」
居合い刀『刻波』の柄を叩きながら言うが、実際は結構マズイ。
ファルナークの剣を受け流した左手が時間と共に動きが鈍るのが分かる。
流石にもう一度あの『竜巻』をやられたら、ちとキツイな…
「イチナよお主、我をバカにしておるのか?剣一本でこの我を殺せると?我はお主に合わせ、魔法も加護も使っておらん。どうせなら我に本気を出させてからそう言う台詞を吐くんじゃな。」
ファルナークの言葉はご最も、ご最もだが…目をキラキラさせて言う台詞ではない。
「お前、ただ見たいだけなんじゃないだろうな?」
「ち、違うわい!」と図星を突かれ、顔を赤くしてどもった…
「コホン…ふ、ふん。戦闘中に動揺を誘うとは中々やるではないか。」
いや、お前が自爆しただけだ。
「ならば、我がその剣。抜かせて見せよう。」
どうしてそうなる。
そんなに見たいのか?
ファルナークは後ろに跳んで10メートルほど距離を取り。
2本に分けた剣を体を守る様に地面に突き刺した。
…何をする気だ?
「ほれ行くぞ?」
腰のベルトから投げナイフを1本取り出し、手首のスナップで投げてきた。
「はぁ?」
真っ直ぐと進むナイフ、十分に切り払えるし余裕で避けれる速度だ。
何がしたいのか計りかねていると、首筋にゾクリッと悪寒が走った。
ナイフの距離はあと3メートル。
弾くには、刀の間合いには遠すぎる。
本能に従い体をナイフの軌道から外すと、今いた場所をキュンッとナイフが通り過ぎた。
「よかったの?あと少し遅かったら穴が開いておったぞ?」
クフフッと笑う『時姫』…何をした?
「後ろを見てみぃ。」その言葉に従い後ろを肩越しに覗くと、結界に『投げナイフ』が半分ほど突き刺さっていた。
結界に刺さるナイフって何だよ…シュールすぎて笑いもでねぇ。
「時の加護は歳を取らなくなるだけでは無い。レベルが上がればある程度、時を操ることが出来る。今のは、ナイフの『到達時間』を上げたんじゃよ。まあ、神では無いから時を止める事は出来んし時間を操れるのも1秒未満じゃ。さて、イチナよどうする?クフッ」
上機嫌に手札を明かすファルナーク。
ナイフを両手に4本ずつ持ち問うてくる。
これが『時姫』の由来か…
頭を掻き、一度呼吸を整える。
恐らく、いつでも時間を操れると見た方が良い。
投げる瞬間に軌道を読めば避ける事は出来るが…
面倒な事に腰のベルトにはびっしりと投げナイフを装備しているし、ファルナークがあの場から動かないはずもない。
「しゃあない、流石にコレじゃキツイな。お望み通りに使ってやるよ。ああ、そうだ俺にコレを使わせたんだ『誇ってよいぞ?』『ファルナーク』」
冗談交じりに、脇差『一匁時貞』を鞘に納め。
居合刀『刻波』に手を掛ける。
「クフッ!やっぱり良いのお主。うむ、それでよい。ほれ、早く抜かんか」
「これが構え何でね、さっさと来いよ。こっちから行っちまうぞ?」
そう言って足に力を入れる。
早めに間合いを詰めたい所だね、俺としては。
「おお怖い、その剣にどれほどの力があるか知らんが過信はいかんぞ?抜いておけばよかった等と後悔しても遅いのじゃ」
ん?何を言ってるんだ?…あぁ、居合抜刀術なんて知らないのか。
そう言って投げナイフを8本同時に投げるファルナーク。
俺はそれと同時に走り出した。
「アホウが、突っ込んで来るとはの。時間は何時でも変えられるんじゃよ」
8本の『到達時間』が上がる。
直撃しそうなものを『六銭』で弾き軌道を変え、そのままファルナークへと走り込む。
3本ほどかすって要ったが問題ない。
「何じゃと!?」
ファルナークは左手に投げナイフ、右手に地面に突き刺した大剣の片割れを持ち迎撃態勢だ。
「終わりだ」
横一閃の技でも何でもない居合抜刀を放つ。
ニンマリ笑うファルナーク。
剣速がガクッと落ちた。
その隙にファルナークは間合いの外に下がった。
「ほう、剣に秘密があるのではなく純粋な剣技だったか。まさか我にも見えぬ剣閃とは恐れ入る。それにこれだけ下げてもまだ早いとはの」
ちっ、到達時間を下げられたか…が。
下がるなら距離を取るべきだったな。
振りきった刻波から手を放し、踏み込む。
掴みにくい服のため大剣を持つ腕を掴んで引き込みバランスを崩す。
ファルナークが投げナイフを手に持ち反撃してきたため、左手の手首に一本拳を浴びせる。
取り落とした投げナイフをレガースで蹴り上げ首元にあてがう。
「今度こそ終わりでいいか?」
「降参じゃ、降参。クフフフフフッお主なら我の婿に相応しかろう。これからよろしく頼むぞ、婿殿?」
……あ〜、そういや、そんな話もあったな。
刻波を拾い鞘に納めて、婿候補の事を思い出した。
「悪いがそんな事は考えてなかったんだよ。それに俺は王族とは違って惚れた相手と結婚したい」
「なるほどの、要は我がイチナを惚れさせればいいだけじゃろ?」
「なんでそうなる…お前に本気を出させる事が出来なかった俺よりも、強い奴なんぞ居るだろうに…偶然あの椅子に座った俺よりそっちに行った方が良いじゃないか? 」
ファルナークが本気だったらあの大剣の『到達時間』を変える事もできるだろうし、最後の攻防も俺が踏み込んだ地点で後ろに跳んでナイフを投げれば終わっていた。
それに『魔法』も使っていない。
うむ、俺もまだまだ未熟なり。
「何を言うか、我は本気じゃったよ。それに我がイチナを気に入ったんじゃ、顔が我好みじゃし我より強いしの、クフフッ!」
そう言って笑うファルナークは何処か乙女チックだった。
「しかし、我にも見えぬほどの剣技を持っていながら、最後の一閃だけは我にも見えた。だからこそ加護が使えたんじゃがな。あれもフェイントとは恐れ入る。まさか、イチナは我が触れている物の時を操れぬ事を知っておったのか?…まったく、とんでもない力で握りおって、我の玉の肌に跡が残ってしもうたわ」
マジで?
「なんだと?それじゃ、大剣の速度は変えられないのか?魔法も使ってなかっただろう?」
「無理じゃ。それに魔法は使っておったよ。防御を上げる身体系統の魔法じゃが。詠唱無視なんぞ、そうそうできる者はおらんからの気づかなくて当然じゃ」
本当に気づいておらんかったのか?と言ってくるファルナークに頷きで返す。
魔法使ってないってブラフかよ…あれ?
そう言えばアリーナンも『ワンド』を使うときに詠唱とかしてなかったな。
あいつ意外と優秀なのか?
いや、イメージ魔法は詠唱が要らないのか?
まあいい。
さっさとこの結界から出よう。
賭けた金が幾らになってるかも気になるしな。
俺達が結界から出ようと歩き出したとき、ハフロスから声がかかった。
「ああ、今解きますね……」
結界はまだ解けない「おや?」なんだ何か問題でも有ったか?
ハフロスは結界の淵を何かを確かめる様に歩き出し頷いた。
「いや〜、やはり下調べも無く適当な場所に結界を張る物じゃないですね。この下『魔脈』が通ってますよ。王都のこんな近くに魔脈が有るとは…新たな発見ですね!」
はははは。と朗らかに笑う筋肉の塊。
「おい、ファルナーク。『魔脈』って何だ?」
「あのアホウがココから出たらオシオキじゃ…ん?何じゃ、イチナ。魔脈の事か?フム、確かに生粋の剣士のお主にはあまり関係ないかもしれんな」
一人で納得したファルナークは魔脈について説明を始めた。
「魔脈は世界中で使われた『魔力』の残照が流れておる場所と言われとる。そこで魔法を使うとたまにじゃが、普段より効果が上がったり、暴走する事が有る。結局は他人の魔力が混ざるようなモノじゃからな、暴走の方が事例としては多いのじゃ。今回は結界という設置型の魔法を長時間、魔脈の上に置いたのじゃから当然暴走しとるわな」
「外から制御が出来んのじゃろ」とファルナークは言う。
俺達は朗らかに笑い続ける『ギルドマスター』ハフロスを冷ややかな目で見る。
「我はココで夜を明かすのはごめんじゃぞ?イチナ何とかせい」
俺かよ…面倒な。
そう思いながらも結界を見渡す。
有る一点に視界が止まった、まだ『投げナイフ』刺さっている。
俺がナイフに向かい歩き出すとファルナークやハフロス、ギャラリーまで着いてくる。
「何じゃ、我の投げたナイフではないか」
そう言ってナイフを回収するファルナーク。
ん?穴が塞がらない?
「結界ってのは、傷は直らない物なのか?」
「塞がっとるよ、徐々にだがの。魔脈の影響で遅いんじゃろ?」
そうか、ならブチ向いて出るとしようかね。
「ナイフ一本くれないか?返せないが。」
「む?まあ、かまわんが何をする気じゃ?」
ありがとうとナイフを受け取り『投球術』で投げる。
チュインッ!ガキュッ!とほぼ同時に音が鳴る。
…うまくファルナークの投げた跡に入ったな。
先ほどより深く、根元まで突き刺さったナイフは一先ずおいて。
「ちょっと離れてろよ。」
ファルナークに声を掛け、居合刀『刻波』に手を掛ける。
「神薙流居合術・『十六夜』」
『十六夜』は16回の居合を放つ技で乱戦用だ。
数が多ければ多いほど技としての威力は低くなる。
奥義の『髪撫』から順に数が上がり『十六夜』は最低位の武技となる。
こいつは足を止めて撃たなくてはいけない純粋な居合術で、威力が低いくせに習得が難しいというバカ流派ならではの技だ。
ナイフを中心に結界を米の字に切り付けなぞる。
最後に刻波を振り抜きその反動と全身の力を右足に込めての『剛脚』(ようは回し蹴りだ)で刺さっているナイフを蹴り抜く。
パキィッと軽い音と共に100cmほどの穴が開いたのだった。
「ふう、面倒な。さっさと出るぞ」
俺のあとに着いてくるファルナーク。
「…のうイチナよ。お主、手加減しておったのか?先ほどの投擲といい、今の剣技といい、そうとしか思えんのじゃがの?」
「アホか、『投球術』はモーションがデカくて使えないし。十六夜はあのあの局面じゃ、足を止めなきゃならんから使えん。殺し合いなら接近したあの時に武技を使って首を飛ばしてるが…正直慣れない加護の制御で手一杯だったんだよ」
戦いの最中に慣れたと言っても武技には不安が残る。
体の反応が速すぎて『六銭』も一発外したしな、それに王族を殺すメリットが無いし。
「むう、納得いかんのぅ…」
ブーブー言うファルナークと共に結界を後にする。
…そう言えば蹴り抜いたナイフは何処に行ったんだろうな?