マーニャのプレッシャーに押されギルドを出た俺はサウス達を置いてきた場所に向かう。
「の、のう。イチナよ。そろそろ放してくれんかの?」
足を止め、ルナは顔を赤くし握ったままの手を見てそう言ってきた。
「ん?ああ、悪ぃ。……お前、男に耐性無さすぎじゃないか?」
手を放しながら、疑問に思った事を聞いてみる事にした。
コイツは現王ザルナク・ヴァン・ドメイク・ハンカーテスの曾ばあさんの姉だ。
時の加護で歳を取らないらしいが…正直どの位、生きてるか聞く気にもなれん。
バスハールがルナは未だ独身で自分より強い男しか認めないと言っていたが、長い間生きているのだから自分より強い男なんぞ居ただろうに…
「なあ、ルナ。何故俺なんだ?俺より強い奴ぐらい居るだろう?たとえば勇者とか」
「む、イチナは我では不満か?それに我との婚姻を目当てに来る奴らは、どれほど強くても金や地位に目が眩んだアホウ共じゃ。我を傷つけて後ろにある王族という名を怒らせるのを恐れておった。じゃからかの?それを気にせずに楽しむお主を見て惚れたんじゃよ…まさか本気を出させておらなんだとは思わなかったがのう」
赤い顔で告白してくるルナ。
「いやいや、俺も王族を怒らせるのは怖いぞ?お前さんを殺したら面倒臭そうだから殺さなかったってのと、好みの女だからってのも有るが。」
他には加護を使っての技が不安定で使えなかったってのも理由の一つだ。
「そ、そうか好みの女か…クフッ!クフフッ!」
うむ、ゆでだこだな。
「あ〜、喜んでるとこ悪いが。俺は嫁にもらう約束をした奴か要るんだよ…」
「なん、じゃと?……誰じゃ?言うてみぃ」
おぉう、えらくドスが効いてますねルナさん。
「お、おう。『戦の神』ガトゥーネだ。闘技都市の祭壇で呼び出して戦って勝ったら嫁にする賭け…と言うか口約束をしたな」
「お主はバカか!?相手は神だぞ!?それに戦の神というとお主の加護神ではないか、何故そんな事になったのだ!?」
白がルナの声に驚いて抗議の声を上げるがルナは聞いちゃいない。
やはりこの世界で神と戦うってのは普通じゃないらしい。
神が存在し加護を与え恩恵を授かる。
それがこの世界の常識らしいしな。
でも、昔はガトゥーネを嫁にするために挑んだバカも多数存在する訳だし。
きっと問題は無はずだ!
ルナに抗議したのを聞いてもらえなかったからか、コッチを見上げて「み〜…」と鳴いてくる。白を苦笑しながら、なだめ。
「元から神と戦うための流派なんだよ、俺の使う『神薙流拳刀術』はさ。1000年以上バカみたいに神を信じて、神と戦う事を命題とする。そんなアホウが『戦の神』なんてモンに喧嘩を売らない訳がない。嫁云々はついでだが勝つつもりだからな、神の嫁さんもいいだろう?」
「神を信じて?…お主『勇者』と同郷か?異世界から召喚された来たあ奴らも神が居る事に驚いておったし、白にいたっては王城に有るガファーリア生物図鑑にも載っていないしの?」
するどいねぇ。
恐らく同じ世界から来てるんだろうな、勇者は。
というかルナは、会った事あるんだな勇者に。
しかし、生物図鑑とか有るんだ…読んでみたいねぇ。
「さあねぇ、会った事ない奴らだしな。少なくとも俺は召喚なんて崇高な儀式は受けて無いな。それに白はその図鑑に載ってないだけかもしれないだろ?」
図鑑にしても全ての種類が載ってる訳じゃないだろう。
猫はどのみち載ってないだろうが…いたら白を拉致しようとは思わんだろ。
俺は白の拉致に巻き込まれただけだしな。
そう思い白を見ると……寝ていた。
あれか?『猫の揺り加護』の『安らぎ』の効果か?
最近、抱いていると良く寝るようになったな…寝る子は育つというが、時の加護で成長しないのが悲しいな。
「むう、何か納得いかん…まあよい。戦の神とは婚約まではいっておらんのじゃな?」
「ああ、口約束だけ…というか勝たなきゃ話にもならんな。」
一体どうしたんだ?
「神と人との婚姻はどちらかが同じ階位になる必要がある。イチナが婿になるならイチナは神にならねばならぬし、戦の神が嫁になるなら神から人へならねばならぬのじゃ。本当に嫁にしてしまったらお主、『神落し』の大罪人ぞ?教会や信者たちから追われるであろうの。」
それはまた…ハードな結婚生活だな。
というか神ってどうやってなるんですかね?
「そうじゃのぅ、それなりの評価を持っていれば問題ない事もあるが…戦の神じゃからのう。取り敢えずSSランク辺りまで上ってみてはどうじゃ?確か戦の神の加護持ちはAランクが現在の最高ランクだったはずじゃ。『武神』という二つ名だったかの?」
「さらりと言うなよ…ん?Aランクで『武神』か?Sランクじゃなくて?」
「Sランクは名誉職みたいなもんじゃ。勇者やギルドマスターとかのぅ。SSやSSSもランクとしては有るが実際にランクアップテストを受けた者はおらん。魔王も居らんのに強力なモンスターが出るわけでもなし、受けれんと言った方が良いかの?我はギルドマスターが嫌でSランクテストを受けとらん!!」
受けれない物を進めるなよ…
それとテストを受けて無いのは誇れることじゃないぞ?
「結局どうしろと?」
「うむ、戦の神に依頼を出してもらうんじゃ。SSのランクアップテストという形での。もちろんその前にAランクに成る必要があるがの?」
まさかのご本人に依頼を出させると?
しかし…神はコッチに干渉できないんじゃなかったか?
「ルナは反対なんじゃないのか?それに、その…婿にするとか言ってただろ?」
「もう決めた事なんじゃろ?それに相手が神ではのぅ、正妻は諦めて二番目になろうと思うんじゃ」
……ああ、コイツ王族だったな。
今も昔も王家は一夫多妻だが現王は、ニルナッド王妃しか愛さなかったと聞く。
というか、この世界では重婚は認められているらしい。
なにせモンスターが跋扈する世界だ、そうでもしなきゃ人手が無かったんだろうな。
ようは、産めよ増やせよ、だ。
ハーレムか男の夢だな…
「?どうしたんじゃ、イチナ?」
「ん、何でもない。多少逃避しただけだ。…長く話し過ぎたな、サウスと黄助が待ってる。行くぞ」
うむ、とルナの返事を聞いて俺達はサウスと黄助の待つ場所へと向かう。
「何だこの人だかりは…なあ、すまないが何なんだこれは?」
集まっている人だかりの最後尾にいる後頭部が怪しいおじさんに聞いてみた。
「何ってお前、逆星の勇者様がガードウルフと戦ってるんだよ。くそっ!見えねえ!」
俺は白をルナに預け、人垣を避け建物の壁を駆け上がり人だかりの中心へと向かう。
「待つんじゃ!イチナ!?」
「はんっ!俺の居る時に街中に出るなんて運がなたったな!終わりだ!!」
『勇者』が剣を振り上げるサウスは動かない…黄助を守ってるのか!
俺は脇差の『一匁時貞』を抜き放ちながら壁を蹴り『勇者』とサウスの間に入る。
振り下ろされる剣を受け止めながらサウスの状態を確認する。
…何度か剣を受けているな、肩口や横腹に傷がある。
コイツが弱くてよかった、傷は浅そうだ…
「おい、お前。何邪魔してくれてんの?その凶悪なモンスターが俺に牙を向けたんだぜ?殺されて当然じゃね?」
サウスが牙を向けた?……有りえなくは無いが可能性としては0に等しいな。
それに……
「……俺の家族に手を出してただで済むと思ってるのか?」
頭の中でコイツを何分割にしてやろうか考えていると面倒なのが来た。
「えぇい!どけどけ!王宮騎士隊だ!…お迎えに上がりました逆星の勇者様。おや?これはこれは、イチナ殿ではないですか?勇者様に剣を向けられてまた出来もしない『斬り散らす』宣言ですか?プフーッ!」
ギャレット・ローズ、二度と会いたくない見た目美女の性悪男。
舌打ちを一つ打ち、『一匁時貞』を鞘に納める。
俺はギャレットと勇者を無視して、サウスの止血を始める。
一応の止血を終え、大丈夫か?と声を掛けるとサウスが力強くガウッ!と鳴くのを聞いて安心した俺は勇者の観察を始めた。
茶髪に黒い瞳、髪型はウルフカットって言うのか?あれだ。
高校生か学校の制服を着崩してその上に白い鎧を着ている。
服のセンスのない俺でも分かるほどにダサイ。
顔はまあ、整った顔立ちをしているな…
「おう、俺に剣を向けたんだ。ちゃんと処分しとけよソレ。」
「はっ!分かりました!さあ、あちらに馬車を待たせてあります。他の勇者様達はすでに城へと向かっておられるはずです。」
勇者は馬車に向かって歩き出す。
それを合図に王宮騎士隊は俺を取り囲んだ。
勇者が足を止めてこんなことを言い出した。
「そういや、お前のソレ日本刀じゃねーの?なんで持ってんだよ…そうだ!それよこすなら不問にしてやっても良いぜ?俺の方がよっぽどうまく使えるってーの。」
ゲラゲラ笑う勇者に何かが切れた。
「くはっ!貴様のような名前だけの『勇者様』がこの刀を『使う』?なんの冗談だ?大概にしろよ……クソガキが」
サウスを傷つけあまつさえ刀を寄越せだと?
殺しはしない…が、腕の一本や二本貰っても問題ないだろう。
魔王は居ないんだから戦う相手も居ないだろうしな?
膨れ上がる殺気に騎士団は本能的にヤバいと感じとったのかジリジリと後ずさりしている。
「止めんか、イチナ!ここで斬ったら間違いなくお尋ね者ぞ?それにソヤツにお主に斬られる価値は無い!」
ルナが白を抱いてそう言いながら俺の傍までやってきた。
「あっれ〜?ファルナークちゃんじゃないの。何ソレの知り合い?どうよ今夜付き合ってくれるならソレと刀は見逃してやってもいいけど?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる『勇者様』。
ルナはコイツとあった事があるんだったな…
「城に来ないから探してみればこんな所で…何をしているの北条君」
三人の女子学生が城の兵士を連れてやって来た。
俺の殺気に警戒しながらも勇者に声を掛けるショートボブの女の子。
その後ろにはツインテールの女子と、とても高校生には見えない我儘ボディーの見た目20代の女の子?がいた。
ツインテールの子は俺の殺気に当てられ震えている。
「あん?何だ、委員長かよ…こいつがモンスターを庇うから遅れてんだよ。ファルナークちゃんの返事も聞いてないしな?」
逆星の勇者そろい踏みか…面倒な。
「返事か?お断りじゃ。貴様に抱かれるくらいならイチナと共にお尋ね者になるわい」
ルナも殺気を込めて北条だったか?を睨みつける。
「ゆ、勇者様そろそろ行きましょう?王がお待ちですし…」
ギャレットはこちらを見てすぐに目を逸らす。
「ちっ、おい。ソコのお前、顔は覚えたからな…」
どうやらこの勇者は殺気を感じる事が出来ないらしい、戦いにおいてポンコツである。
北条何チャラが馬車に向かった後、ツインテールの子と委員長と呼ばれた子がコチラを…いや白をジッと見つめていた。
委員長が話しかけてきた。
「あの…その子、子猫ですよね?何でこっちに?それにその剣は…」
「行かなくて良いのか?王様が待ってるんだろう?」
答える気はないと言外に言う。
「…そうですね。北条君がすいませんでした。」
経緯の説明などをしてないのに頭を下げる委員長。
よほどの問題児なのだろう、城で何も無ければいいが。
失礼しますと震えるツインテールの子の手を引いて去って行く。
もう一人は俺をジッと見ている。
「なんだ?お前も呼ばれてるんだろう?」
「うん。呼ばれてる。…君、名前何て言うの?」
は?
「あ〜、名前か?甘坂一南だ。…お前は?」
何を言ってるんだ俺は。
「甘坂さんか…私は田中巴。見ての通り高校生だよ」
いや、見た目二十歳くらいなんだが?制服がコスプレに見えるんだが?
髪の色は染めたのか金髪で目は吊り上っている。
レディースと言われても信じてしまうだろう。
いわゆるモデル体型で色っぽいのだが…高校生だ。
しかし、誰かに似ている…
「ん、ああ。高校生だな…たぶん」
「何じゃ?その高校生とは?」
ルナに軽く説明をする。
「…うむ、高校生じゃろ、たぶん」
「ひどいな二人とも……やっぱり日本人なんだね。そろそろ行くね。名前も聞けたし」
そう言って去って行く巴。
名前を聞くのが目的だったのか?
確かにこの世界では珍しいタイプの名前だか無いわけじゃない。
なにせ勇者召喚何てやってる世界だその子孫が居てもおかしくないだろうしな。
「なんだったんだ?」
「うむ、案外一目ぼれかもしれんぞ?」
俺の名前で日本人かどうかを確認しただけだろうな…いや、名前より『高校生』にどう反応するか、でだろうな。
知らんふりをしてもよかったが別にばれて困る訳でも無いしな。
それよりも、あの程度の腕で大陸を越えて来れるとも思えん。
恐らく護衛が陰ながらに付いて居るだろう。
俺が殺気を放ったとき微かに人ごみから剣を抜く鍔鳴が聞こえたし。
アレは暗殺者の類だろうな。
「それは無いだろうよ。それよりサウスを治療できる所に連れて行きたい。止血しただけだからな」
「ならば、当初の目的の通り。我の家に向かおかの?サウスの治療もできるからのう」
そうだな、本も貰わにゃならんし。
「じゃあ、案内頼む。…サウス歩けるか?」
「ガウッ!」
サウスに寄り添うように黄助が立っていた。
「がぅ…」
子虎の体に老虎の記憶を持つ黄助は自分を守って傷ついたサウスに謝っている様にも見えた。
「サウス、黄助。次にあいつがちょっかいを出して来たら、俺の事は気にせず殺さない程度にヤッテ良いからな。……もし次に家族がこんな事になったら俺は自制しない」
最後の一言はコチラを監視している、勇者の護衛に向かい殺気を込めて言い放つ。
次はお前が止めろという意味を込めて。
「お主…勇者に喧嘩売ってどうするんじゃ。あっちはSランク、しかも隣の国では王に次ぐ権限を与えられとるんじゃぞ?魔王が居らんとはいえ勇者は強い、何せ加護を際限なく付けれるからの。あ奴らがその力を使いこなせておらんだけで。何でも異世界は理が違うとか何とか、我もよく知らんがの」
王に次ぐ権限?…頭おかしいんじゃないか隣の国。
しかし、理が違うねぇ。
なら俺も…いや、無理だな。
白LOVEの神達が俺に加護を与える処を想像できん。
「まあ、いいさ。やっちまったもんは仕方ない。来る、来ないはアイツしだいだしな?ちょっかい掛けてくるなら…な?」
俺はイイ笑顔でそう答えルナの家に向かい歩き出すのだった。
そうそう、あの勇者にサウスが牙を向けた理由だか。
見物人にオハナシを聞いたところ『あくび』をした処に勇者が通りかかった…ソレだけらしい。
まあ、確かに牙は向けてるな、サウスに非は一切無いが。