『猫守紀行』

〜【22】ツンデレ〜




ルナの家は広い。
ザ・豪邸といった感じだ、だが所々おかしい所もある。

出迎えてくれたのが五つ子のメイドさんだったり。
庭に訓練用の案山子が噴水の近くに立ってい居たり。
屋上に城に向けられた『バリスタ』が設置されていたりと突っ込みどころ満載だった。

何でバリスタ何てあるんだよ…しかも城に向けて。

そう、あれから俺達はルナの家に行きサウスの治療をして。
今はリビングで『モンスター図鑑』の写本を読んでいる。

今見ているのはギルドで聞いた『ハムハミ』だ。

「……なあ、ルナよう」
「ん?何じゃイチナ分からんトコでもあったか?」

バリスタ…は、まあいいか、聞くのが怖い。
この本、恐らく絵も載っていたんだろうが…

「この本のモンスターの姿が分からん」

「何を言っとるんじゃ、こんなに精巧に書き写したというのに」
ハムハミは豚のようなモンスターなのだろう。

極限までデフォルトされた体は新円でそこに丸い目。
豚の鼻と恐らく尻尾であろう細い何か。
そして申し訳程度に足?と耳?が付いていた。

かろうじて鼻の部分で『豚のようなモンスター』だと分かったが…
これが正しいかは、判断できない。

こんなモンスターが跋扈する世界なら俺は冒険者を止める。

取りあえず俺の知ってるモンスターのページを開く。

あった、『鎧熊』…丸くデフォルトされた体に兜の代わりの三角巾が乗せられ、つぶらな瞳が愛らしい。
絵の横には吹き出しが付き「がおー」と台詞付きだ。
…すごく無害そうです。

俺はそっと本を閉じた。
「ふう…取り敢えずパーティーでも組んで教えてもらうか」

「何じゃと!なにがいかんのじゃ!?これ程うまく描けたことは無いんじゃぞ!?」

何が悪いと問われると画力としか言えない。
見本があるのに何故こうなる。

ウルフにいたっては牙と口が強調され過ぎて体の3分の2が口である、もう何が何だか分からない。

説明文に問題は無いんだがなぁ。

「俺はこれで正しく覚えてられるルナがビックリだよ」
む〜、と唸っているルナを横目にサウス達の方へと視線を向ける。

サウスは治療を終えて今は眠っている。
黄助はその近くで白がサウスの回復の邪魔をしないように白と見てくれている。
白はサウスが気になるのか、今一何時もの元気が無い。

まあ、俺以外だとこの世界に来てサウスが一番長い付き合いだからな。

「なあ、ルナ。俺と組まないか?まあ、AランクとDランクじゃ釣り合いは取れないが。それと、出来れば魔法も教えてもらいたいんだが」

「我は構わんが、良いのか?あの白狂いの女の方が魔法は上じゃしランクも近いがの?」

白狂い?あぁ、アリーナンの事か…実に的を射ているな。

「正直。アリーナンに魔法の教えを乞う事は、あの残念さを知ってからは頭の片隅にも無かったな…そう言えばアイツ魔道士だったな」

「そ、そうか。うむ、ならば我の婿に相応しい魔法と知識を我が伝授しようではないか!…しかし我と組むのは構わんが、どちらの仕事を優先させるのじゃ?」

「む、そうだな取り敢えず俺にモンスターを狩りながら素材部位を教えてくれればいいんだが、あまりランクが高いと俺が付いていけないかもしれんな…」

難しいな…もともとAランクのルナを俺に付き合せる事になるし、かといって俺が高ランクの依頼を共に受けても足手まといになるかもしれん。

「我は構わんよ。討伐系のクエストの数をこなすならDの方が良いじゃろうし。別にクエストじゃなくてもモンスターを狩りに出てもいいんじゃからの。…これも一種ので〜と、という奴じゃ」

いや、それは違うと思う。
少なくともデートコースに狩り何て入れたくない。

「魔法に関しては我も専門ではないから大したことは教えられんが良いのかの?」

「ああ、魔法は使ってみたいが絶対必要という訳でもない。最低限の知識を教えてくれれば、戦闘中に魔法は知りませんから死にました。何て事にならんだろ?」

魔法は使いたい、が。
それ以上に魔法に関する知識が欲しい。

「ふむ、なるほどのぅ。死なぬための知識か…あい、分かった!魔法に関しては、それも含め準備して置こう。…で、じゃ。き、今日は泊まって行かんか?も、もちろん別の部屋じゃぞ!そ、そういう事は、結婚するまでは駄目じゃからな!ほれ、もう外も暗くなってきたしの?」

ルナよ、一気に挙動不審になったな。

顔が赤くなりソワソワと落ち着きがなくなった。
控えているメイドさんからは「ついにファルナーク様にも春が…」などと聞こえる。

サウスも寝ているし起こすのは忍びない…決して下心がある訳じゃなよ?

「そうだな、お邪魔させてもらおうかな?明日は防具を直しに出さにゃならんから魔法や狩りはそれ以降になるがいいか?」

「防具?長さ違いのアレか?まだ修理しておらなんだのか」

呆れた顔で見てくるルナ。

「元々防具なんて装備して無かったんだから、しかたないだろ?まさか買った初日にガタが来るとは思わなかったしな」

「は?買った日に、あの決闘だったのか?それでよく我の剣を受け切ったもんじゃの。よほど腕のいい職人に当ったのじゃな」

重心ズレターは確かに頑丈だったし『盾いらず』を歌えるだけの性能は有った、使いこなせればの話だが。

「どうなのかね?まともに受けてたら一撃でおじゃんだと思うが。アレも若い時に創った加護付きの防具らしいから、腕はいいんだろうな。ガルレンズっていうおっさんなんだがね、知ってるか?」

「知っとるも、何も。防具屋のガルレンズといえば最上級の職人じゃぞ?気に入らん相手には手袋一つ売らんことで有名じゃ」

そこまで頑固にゃ見えなかったがね、それならさっさと修理に出した方が良かったかもしれんな…へそを曲げられたらかなわん。

「なら、明日は早めに出て、宿屋で防具を回収してからおっさんの所に突撃だな。そうと決まれば寝るか」

「うむ、明日はで〜とじゃな!」

…まあ、それでも良いか。
ウキウキと楽しみな雰囲気がルナから伝わってくる。

「そうだな、するか。デート。」
「!本当か!?クフフッ楽しみじゃなぁ」

何でそんなにデートしたいんだか分からんが。
これだけ楽しみにしているのならガッカリさせたくはない。
俺、王都にも詳しくないし、元の世界でもあんまりデートとかしたこと無いんだがなぁ。

というか元の世界じゃデートをしようとする度に、何かしらのトラブルに巻き込まる。
デートまでいけても、必ず邪魔が入るという素敵仕様だ。

デート資金を下ろすため銀行に行って強盗に巻き込まれ…
デートの前にヤの付く自由業の人に絡まれ…

その時の彼女とはソレっきりだ。
他にもあるが悲しくなるから割愛だ。

あれ?俺、まともにデートしたこと無いんじゃね?

「あ〜ルナやっぱ…いやなんでも無い。それじゃ、お休みルナ…ちゃんと寝ろよ?」
今のルナは遠足の前の小学生のようだ、この姿を見て無理ですとは俺には言えない。

…明日は何事も無くデートに行けると良いな、本当に。

「もちろんじゃ!楽しみじゃのう!」

あんまりハードルを上げないでくれ…
恐らく…いや間違いなく、行き当たりばったりになるから。

俺はメイドさんに部屋に案内されて、明日のために寝る事にした。


「おはようございます。アマサカ様。お早目にという事でしたので僭越ながら、わたくしめが起こさせて頂きました」

…まさか、メイドさんに起こされる日が来るとは思わなかったな。
昨日のうちに5人メイドさん全員の名前は、聞いたが皆同じ顔で俺には見分けることが出来ない。

古き良き時代のメイド服に身を包み。
オレンジの髪をお団子にして、それに白いカバー(名前が分からん)を被せている。
瞳の色はモスグリーン、ハーネに通ずる無表情だ。
顔は特に特徴が無いのが特徴といった処か…
最近、濃い奴らばかり見ていたから微妙に癒される。

「うん、おはよう。ルナは起きてるのか?」

久々に柔らかいベットで寝て体がおかしい…
伸びをするとバキバキ鳴った。

「昨日は遅くまで起きていらっしゃったようでまだ寝てらっしゃいます。……わたくし共は、忙しい身ですのでアマサカ様が起こしてくださいませんか?お部屋までは案内致しますので」

「いや、俺男だよ?分かってるよね?」
俺は頭を掻きながらそう答えた。

「ええ、もちろんで御座います。ファルナーク様を打ち倒すほどの腕前をお持ちだと聞いております。…起こしに行って、襲ってくださることをわたくし共は期待しております」

は?何言ってんの?このメイドさん……
朝っぱらからイベントが濃いんだよ……

「あ、もちろん性的に。ですから、切りかからないでください。」

「あんたの主人だよね?こう言っちゃなんだが…頭大丈夫か?」
わたくし共って事は他の4人も同じだという事か…

「もちろんで御座います。ファルナーク様の命令は絶対…しかしファルナーク様にようやく来た春…わたくし共、一丸となってサポートしていく所存です」

違う、何かが根本的に違う。
ソレはサポートじゃない余計なお世話と言う奴だ…

このメイドさんも十二分にキャラが濃い。

さあ、行きましょうと言うメイドさんに頭を悩ませているとコンコンと扉をノックする音が聞こえた。

「イチナ入るぞ?…何じゃ起こしてやろうと思ったのにシファに起こされとったか…」
俺の姿を確認してがっくりと肩を落としたルナが、白達を引き連れ入って来た。

メイドさんはしまった!という表情で…あまり表情は変わらないが。
「先にファルナーク様を起こして嗾ければ…くっ不覚でした」

どちらにしろ、爽やかな朝とはいかなかったらしい。

「…おはよう、ルナ。それに、白と黄助、サウスもおはような」
サウスは一晩でかなり回復したようだ、まあ傷は浅かったしな。
本当に良かった……

「がぅ」「ガウッ!」「……み〜」白はまだ半分寝てるな。
もう見慣れた動物タワーだが、今回は黄助と白だけだ。
黄助がサウスに気を使ったのかな?

自分の上から白がフラフラと落ちそうになっているのを黄助が鞭で支えていた。

「うむ、おはよう。…して、イチナよ。いつ出かける?すぐ行くか?」

ルナはいつも通りホットパンツにへそだしルックだ…
アイアングリープを着けていないため、長く綺麗な生足が輝いている。
胸、意外とデカいな。

目をキラキラさせてまるで子供だ。

「ファルナーク様。そのような格好で殿方と逢引など言語道断!さあ、着替えますよ!…アマサカ様、申し訳ありませんがお先に御用の方を済ましてきてください。昼食前に宿の方へファルナーク様をお送りいたしますので」

そう言って俺の服を隅々まで見てくるメイドさん。
ようは「てめえも準備しとけや」って事らしい。

「あいよ。じゃあ、ルナ後でな?……こっちでもデート資金に悩まされるとはな」

重心ズレターを直した後に金が残ればいいが…
そんな事を呟きながら、白達とルナの家(屋敷か?)を出る。

部屋を出るときルナの「ドレスは嫌じゃ!窮屈なのは嫌なんじゃ!」という声が聞こえたが、どんな格好で来るのか楽しみにしておこう。

「まずは宿屋によって防具を取りに行かなきゃな…」

女将さんにからかわれるのは目に見えているが行くしかあるまい。
俺達は宿屋に向かい歩き出す…馬車くらい貸してくれてもいいのにな。


「おや?お帰り…朝帰りかい?お盛んだね〜」
開口一番にソレか…

「ただいま。白達連れて盛れる訳ないだろ…昨日サウスが勇者に襲われて怪我したんでね、治療のために空けたんだよ。傷は浅いし、もうだいぶ治ってるから明日にゃ、完治してるだろうがな。今日は用があるし置いて行くから、よろしく頼むよ」

「そうかい、勇者様にねぇ…昨日の騒ぎはソレだったんだね?全く勇者様は碌な事しないね…あ、男の奴だけだよ?色んな噂が立ってるのはさ。サウスちゃん達の事は任せな!皆いい子だからね、問題ないよ」

どんな噂か知らんが碌なもんじゃ無いだろうよ。
後の三人はマトモそうでは、あったしな。

「助かるよ。取り敢えず、こいつ等の事頼むわ。白も今日はサウスが無茶できないから大人しくしとけよ?黄助も頼んだぞ?」

白と黄助が返事をする中、サウスは「キューン…」と申し訳なさそうに鳴いていた。
俺はサウスを一撫でして、声を掛ける。

「今は怪我を治す事だ。治ったらまた皆を守ってやって欲しい。頼むな?」

「ガウッ!!!」
何時もより気合の入った返事が返ってきた。

白達が食堂の方へ行くのを確認し、俺は部屋に重心ズレターを取りに行き。
そのままガルレンズの店へと向かう。


「おっ「遅ぇ!!来るのが遅ぇんだよ!お前さんは!!」さん……居るな」
俺の姿を確認するや否や言葉を遮っての怒号が飛ぶ。

「さあ!出せ!どの程度イカレテるか見てやる!」

俺は無言で…というかおっさんの勢いに押され、そのまま重心ズレターを店のカウンターに次元袋から取り出して置いた。

「おー、おー。相当ガタが来てんじゃねえか…つうか買ったその日にコレって事は新しいの買った方が良いんじゃねえのか?」

「どうなんだろうな…早々、ルナ…ファルナークみたいのとやり合う訳でも無いしな。それにコイツのコンセプトは気に入ってる。俺自身、盾を使わないから防御面で助かるしな」

重心ズレターのコンセプトは『盾いらず』
俺みたいな軽装でも攻めながら守れる防具は貴重だと思うんだがな…

「しかしなぁ…こりゃ芯が歪んじまってるぜ?作り直した方が速ぇな」
作り直すか…幾らかかるんだか。

「なあ、お前さん…幾ら出せる?」
「なんだ、唐突に…入用だから修理代くらいしか出せんぞ?」

「なに、一日であこまで酷使するお前さんだ…半端なもんじゃいけねぇ。実は『火竜の鱗』つう素材でな、高かったんだぜ?…それに加護もこっちでやってやるからよ?どうだ?」

「幾らかかるんだ?それ次第だな」
竜の鱗とか実にファンタジーっぽくて良いんだが、如何せん手持ちがな…

「おう、実はもう作っちまってな?あとは加護を付けるだけなんだわ。締めて丸金貨5枚だな!安くしといたぜ?この前の採寸を元に作ったからお前さん専用だ!」

は?

「バカなのか?何でもう作ってんだよ!?しかも高ぇよ!?修理代くらいしか、出せないつってんだろうが!」

「かぁ〜!お前さん冒険者だろうが!防具に金を湯水のようにつぎ込んでこそだろう!?それに来るのが遅ぇんだよ!?完成まで顔をださないってのはどういう事だ!?あの戦いに感動して鱗発注して待ってたのに、来ねえから作っちまったじゃねえか!」

そう、なのか?……ん?

「…いやいや!作ったのは関係ねぇだろうよ!?」

「ちっ、金が出せねえんじゃ仕方ねえな……ほれ、もってけ。」
俺の言葉を無視して、自分の付加袋から長さ違いの赤い『籠手』と『具足』を投げてくる。

「いいか!本当に丸金貨5枚で売るつもりだったんだからな!?くれてやるために作ってなんぞいないからな!?勘違いすんじゃねぇぞ!?」

……ドワーフのおっさんのツンデレか、見たくなかったな。

「あ、ああ。うん、分かった…ってこの具足は?」

酒も飲んでないのに顔を赤らめるおっさん…
おっさんには、悪いが引いた。

「そりゃあ、お前…素材を余計に買っちまったんで、ついでだついで」

「おい、おっさん。火竜の鱗は高いんじゃなかったのか?」
余計に買ったのなら店売り用の防具を作るべきじゃないか?

「えぇい!!うるっせい!それは、ほら、あれだ……良いから受け取りやがれ!!」

勢いで押し切りやがった…
これが本当に気に入らない相手には手袋一つ売らないおっさんなのだろうか…疑問である。

取りあえず、付けて見た…怖いくらいにシックリ来るな。
重心ズレターと同じで、長さ違いの籠手だ。
右は肘までで左は肩までの変則防具。
色は赤を基調として縁を白い線が奔っている。

具足は膝までカバーしたタイプで爪先に2cmほどのブレードが付いて居る。
色は籠手と同じである。

鱗を加工して作ったためか軽く、扱いやすい。
非常に動かしやすいが防御面はどうなのかね?
火竜の鱗の強度なんて知らないんだか…

まあ、このおっさん腕は確かのようだしあまり心配はしてないが。

「で?コイツ等にも銘は有るんだろう?」

「もちろんだ、コイツの名前は…ガントレットが『斬レンジャー』、レガースの方が『蹴リデ・キール』だ!!」

以前、長さ違いの籠手を重心ズレターと名付けたおっさんのステキセンスが光を放つ!!

「そうか斬レンジャーと蹴リデ・キールか……」
大食いキャラ臭漂う名前だな…
もう一つは蹴りできると蹴りで斬るをかけたのか?

「おう!斬レンジャーは加護が無くても半端な攻撃なぞ物ともしねぇ。何せ火竜の鱗だ、生半かな武器じゃ斬れやしないぜ?蹴リデ・キールはそれ自体が凶器だ。それに火にも強い、炎の魔法ならある程度、軽減してくれるだろうよ」

竜か…俺の刀で斬れるだろうか?
一度はファンタジーの代名詞、ドラゴンと戦って見たい物だ。

「そんな大層な物、本当にもらって良いのか?…返さんぞ?」

「おう、構わん。さっき加護はコッチで付けると言ったがお前さんが自分で付けてくれ。その方が愛着が沸くだろうしな」

「ああ、分かった。…ありがとう」
へっよせやい、と顔を赤らめそっぽを向くおっさんに苦笑する。

「そう言えば近くに服屋はあるか?実はこの後デートでな…」
「おいおい、デートの前にここに来たのかよ、で?相手は誰だよ?ソルファか?」

「いや、ファルナークだが?」

「………………何でだよ!?」
うむ、成り行きとしか言えんな。

「はぁ…服屋なら店を出で右手に看板が出てるよ。しかし、あの男っ気の無いファルナークがデートねぇ…大丈夫なのか?」
知らんよ、俺もまともにデートなんてしたこと無いからな。

そんな事を話してから俺はおっさんの店を出た。

服屋の看板を見つけてドアのノブを握る。
服のセンスはゼロの俺…店員に選んでもらおうと心に決めて。





【23】世界はデートを許さない