『猫守紀行』

〜【23】世界はデートを許さない〜




今は宿の前でルナを待っている。

結局、服屋ではYシャツ以上の仕立ての物がない!と言われた。
技術向上のために売ってくれとまで言われる始末だ。

買ったのは紐ネクタイと黒のジャケットと黒のズボン…
これでまた一つ堅気の見た目から遠のいた。
四角銀貨5枚が飛んで行ったが高いのか安いのか分からない。

ちなみに、おっさんから貰った『斬レンジャー』と『蹴リデ・キール』は次元袋の中だ。

最近吸っていない煙草が恋しくなってポケットを漁る。
そういや、残り4本…駄目だ、我慢しろ俺!!

「ッフーー…」

駄目でした…うめぇ。

結局、煙草を取り出し流れる様に火をつけた俺だった。
イカンなそろそろライターのオイルも切れるな…魔法で代用出来ないかね?

肺を紫煙が満たす…
体をニコチンが回って行く。

…次元の神に煙草の事早めに聞かなきゃな。

勇者を斬れなかったせいかストレスが溜まってたんだよな…
決して斬りたがりな訳じゃないぞ?

「おや?あんたそんなトコで何してんだい?えらく、めかし込んで…デートかい?」
…女将さんに見つかった。

「まあ、多分そうだろうな。」

「なんだい、ハッキリしないね…」

「俺自身デートをした事が無いという事に最近気づいたからな…デートらしいデートになるかと言われると、正直分からん。この王都の事もよく知らんしな。」

実に情けない告白ではある…
それ以前にデートらしいデートが分かっていないのだが。

「あっはっはっは!そんなもん、適当にぶらつきゃいいじゃないのさ。家の旦那なんて無言で隣を歩くだけだったよ?それでも上手くいくんだ気にすること無いさね。」

頑張んな!!と俺の背中をバシッと叩いて宿の中へと戻って行く。

多少、気が楽になったな…
煙草を吸い切り携帯灰皿と言う名の次元袋に入れる。
携帯灰皿はすでに一杯だ…この世界に来て1日目にしてな。

それ以降?バ・ゴブからいらない袋を貰ってその中にIN!だ。
それも今じゃパツンパツンだがな…それは、次元袋に入れてある。
ホントに便利だわ、この次元袋。

大分、考えがそれたな…

「イ、イチナ…待たせたかの?ど、どうじゃ?シファ達の反対を押し切って、お気に入りを着て来たんゃが…」

コレはまた……

ルナはブラウンのピッタリとしたレザーパンツに黒のジャケットを羽織り白いレース付きのシャツを着ていた。

「ああ…良く似合ってるよ。」

そう、良く似合っている…似合っているのだが、何だろう異世界って感じがしない。
俺もそうだが、周りから少々浮いているのだ。

元の世界でも角さえなければ、それこそスーパーモデルとしてやっていけるんじゃないかね?

「クフフッそうか、そうか!お主も中々の男ぶりぞ?…あ奴らこの我にフリフリのドレスを着せようとするのじゃよ、あれは窮屈でイカン」

ありがとよ、と返事をする俺だが、正直メイドさんチョイスのフリフリドレスのルナを見て見たかった気もする…

「ん〜、取りあえず屋台通りで飯でも食うか?」

「む?屋台か…美味い店でも知っておるのか?」

いや、知らない。
ソコはルナの方が詳しかろうに…

俺の知ってる所といえば、詰め所、宿、ギルド、城、おっさんの店、服屋に屋台通りくらいだ。

ギルドは論外、臭いからな。
城も詰め所も気軽に入る場所じゃない…むしろ連れて行かれる場所だ。
さっき行ったばっかりのおっさんの店に行きたくは無いし、宿はココだ。

結果、服屋と屋台通りが残るのだが…取り敢えず、先ずは飯だろ?

「いいだろ?一緒に歩きながら食うのも悪くないと思うぞ?」

「一緒に…クフックフフッいいのぅ…では、行こう!!」
顔を赤らめクフクフ笑うルナ…何を想像したんだか。

俺達は、女将さんの助言?の通りぶらつく事にした。

しばらく歩き屋台通りの入り口で、ルナは俺の手に手を伸ばしては引込めを繰り返していた…コレは俺から行かなきゃ駄目か?
そう思い、手を伸ばした時だった…「見つけたわよ、イチナ!!」

「アリーナン…白なら宿だぞ?」
元の世界でもデートの最中に邪魔が入る事は良くある事だった。
軽い物からキツイ物まで…コレはどっちだ?

「知ってるわよ!一番に行ったもの!サウスが怪我してて驚いたわよ…相手殺してないでしょうね?」

おかしい…一番に白に会ってアリーナンが何故ココに?

「あのアリーナンが、白に会った後に俺に会いに来るなんて…お前、偽物か?」

「本物よ!私だって白たんを心行くまで愛でていたいわ!でも、この王都の近くに1000体規模の『スタンピード』が確認されたの!Cランクからの強制クエストだけど、ギルドマスターからイチナも呼んでくるように言われたのよ!」

『スタンピード』ねぇ、そのままなら暴走だが…モンスターの暴走か?

しかし、国の有事って奴か…お邪魔の規模がデカすぎるだろ。
あれか、俺に意地でもデートさせたくないのか?

「ハァ…分かったよ、ギルドに向かう。準備も有るから、先に行っててくれ。」

まだ行くトコが有るのよ!!と来た道を戻るアリーナン。
ルナは終始無言だったな…

「ルナ…残念だかデートは、また今度だな?」

また今度にピクリと反応したルナ。
まあ、その今度も邪魔か入るだろうが…

「うむ…うむ!また今度じゃ!クフッ!しかし、スタンピードか…魔王がおらんようになってから魔族も大人しくしとったのに…何故今頃?」
ルナは思案顔だ…

ん?魔族?
「ルナ。スタンピードに、その魔族とやらが関係あるのか?」

「おお、そうじゃったな。スタンピードとは魔物…魔族の眷属となり魔石を埋め込まれたモンスター達の侵略行為を指すんじゃ。魔石を埋め込まれるとモンスターの力は増幅する。魔石自体が魔力結晶じゃから簡単に階位が上がるんじゃ。モンスターは倒した相手の血や肉に残る魔力で、自分の魔力の器を広げ。そこに魔力が満ちる事で階位が上がるからのぅ…それに、1000体ともなれば、恐らく指揮官に魔族も居るじゃろう」

何て面倒な…ギルドに入って最初の仕事がこれかい。
ちと、ヘビー過ぎやしませんかねぇ?

しかし、魔石ね…それが有れば黄助も元の大きさに戻せるんじゃないか?

「なあ、ルナよ。その魔石ってのは使えないかね?」

「魔石を作った魔族を倒せば眷属の強制力は無くなるが…本気か?それでも危険なことに変わりはないんじゃぞ?せめてブースターを使ったらどうじゃ?」

うむ、それを聞ければ十分だ。
ブースター云々はわからんから後でいいとりあえず魔石の確保だ。

「ほんじゃ、行こうか……魔族狩りに」

主に黄助とサウスのために。
白?アイツはいいだろ…
タダでさえバカ魔力なのに、まだ上が有るとかあんまり考えたくないし。

俺とルナは各々、装備を整えてギルドに向かった。

俺がギルドに着いて扉を開けると中には、すでにかなりの数の冒険者が集まっていた。
ん?何時ものように臭くない?窓が全て開けられている…換気したようだな。

一か所だけかなり密集してるな…何かあるのか?

「み?」

「やだ、この子欲しい!」
「バカ言え!コッチのガードウルフの方が男前じゃねえか!」
「おいこれウィップティガーか?ちっさいな…戦えるのか?」
「それより…このウィップティガー、ほとんど動かないんだが…大丈夫か?」

…何で白達がここに居るんだ?
あと喜助は不動がデフォルトだ、心配すんな。

「ああ、イチナくん。申し訳ないが勝手に連れて来させてもらったよ?」
ハフロス…お前か。

「白達が戦力になると思ったら大間違いだぞ?黄助は俺の魔力が足りなくて戦えないし、サウスは白の護衛だ。自由な白を守りながら魔物相手にやれる訳ないだろうが…」

「そうだろうね…でも、コレは勇者様からの要望なんだよ。本来、強制クエストを受けるランクに届いてない君を連れて来たのもそうだし、サウスくんを戦線に投入しろといわれてね。そうしないと作戦に参加しないとまで言ってきたらしいんだ。王様も魔物相手だから勇者様の力を借りたかったんだろうね…」

サウスくんの怪我は治しておいたよ。と言って去って行くハフロス。
ありがたいが、魔法でか?治癒魔法とか有るなら言ってくれよ、ルナ…

しかし勇者か、碌な事しねぇな…

「ハァ…すまないが、通してくれ」
そう言いながら白達に群がる冒険者をかき分ける。

「み〜」「ガウッ!」「がぅ」俺を見つけ声を上げる白達。

「可愛がってもらったか?…サウスは俺と一緒に戦いに行くぞ。それが『勇者様』の御要望みたいなんでな。白と黄助はどうするか…」

今回は置いていくか?
それが妥当な所だろうが…黄助にも戦いに参加して階位を上げて貰いたいがあの体じゃそれも無理だろうしな。
黄助にゃ、魔石を奪って来るまで我慢してもらおう。

俺は受付まで行ってマーニャに声を掛ける。
「マーニャ。すまんが、俺が帰ってくるまで白と黄助を預かってくれるか?」

「ハァハァ…白たん…え?なんですか?」

……急に預ける気が失せたな。
流石は、アリーナン2号だ。

もう一度、話すのを戸惑うほどの白狂い度だな…
どうしよう…コレに預けるなら連れて行った方が良いんじゃないか?

「イチナさん?どうしたんですか?」

「ああ、ソルファか…白と黄助をどうしたもんかなと」
アリーナンは白の元にまっしぐらだ。

…?

「そう言えば、ハーネとリンマードは見かけないが…どうしたんだ?」

「ああ…僕たちは仕事でアリーの元領地に行ってたんです。予想外に妹様が敵を作ってまして…ハーネはアリーの妹様の護衛置いてきました、アリーも納得しています。リンマードは…」

言いにくそうな顔をするソルファ…まさかクエストで?

「アリーのお父上の妾になりました…今度から様づけで呼ばなければいけませんね…」
は?……何でそうなった?

「何で?」

「何でも、以前から計画していたらしいんです…稲妻のように事が進みましたよ」
ハハハと乾いた笑いを零すソルファだった…

何でも、以前戻った時に、お互い一目惚れしたそうな。
連絡も取りあっていたらしい。

「ああ、コレを渡すようにハーネから言われていたんでした…何でも黄助と白用らしいですよ?…見れなくて残念、だそうです」

手渡されたソレは、あ〜、リュックサックか?正面にポケットが一つ付いている、こっちは白が入れるサイズだな…
どちらも開け閉めする部分が切ってあるため、顔を出した状態になるんだろうが。
中は、綿と布でクッション性が持たせて有った、相変わらず手の込んだものを作るな。

「これで解決ですね」

「おい、まさかコレで黄助と白を背負って魔物と戦えってか?」

イチナさんならやれます!と有難いお言葉を頂いた所でハフロスの言葉がギルドに響いた。

「今回の『スタンピード』は、50年前に魔王が倒されてから初めての物となります。王都からも兵が出ますし勇者様も出るという事なので我々は、あぶれた魔物の退治という形になります…今回の総大将、直々に命じられましたので、その任務に徹してください。決して単身で魔族に挑まない事、いいですね?」

おい、何でこっちを見る…
まあ、魔石さえ確保できれば後は勇者がやってくれると思えばいいか。

「それと、今回の報酬ですが参加者に丸銀貨50枚と魔石を高めに買い取りますので持ってきてください。それでは、出発します!」

ハフロスが杖を掲げた時、ギルド内に居た全員が『跳んだ』。
次の瞬間には、王国軍のテントが張られた草原に居た。

「い、一体何なんだ?これも魔法か?」

「違うんじゃよ、アレは次元の加護の付いた転移アイテムなんじゃよ?」

ほれ、連れてきてやったぞ?と白達と一緒にルナがやってきた。
動物タワーの白達は今の現象に戸惑っているようだ。

「次元の神、大活躍だな…」

「あのアイテムを作るのは苦労したそうじゃぞ?何せ気まぐれな神にこういう能力が欲しいんです。といっても聞いてもらえんからな。髪を毛根ごとお供えしたんじゃないかと我は踏んどるんじゃが…」

それは、供えられた方も迷惑だろ…それ以前にお供え物は持っていかない。

しかし、白の加護もそれくらいしてくれりゃよかったのに…
何で生き物に収納能力を付加するんだよ…あの偽ホストめ。

「そんな事はよい。それよりも見て見ろ…あれが『スタンピード』じゃ」
そう言われて俺は目を凝らす…

「……くはっ!何だありゃあ、バカみたいな数じゃねぇかよ」

1000体規模と聞いていたがこの目で見ると大小様々な魔物の群…
1000体よりも多く思えるのは様々な種類の魔物が入り乱れているからか…

「む?そろそろか…イチナ準備いたせ。楽しもうぞ?クフフッ」
あいよ、と返事をして黄助と白をリュックに入れ担ぐ…締まらねえなぁ、コレ。

黄助と白は大人しく入ってくれた。
黄助は前足を外に放り出し肩の鞭はウネウネと動いている。
白も黄助を習い前足をチョコンと出していた…コチラは不動の黄助と違い忙しなくキョロキョロとしている。

「クフフッ!似合うではないかクフッ!まるで子守りじゃな!」

「ハァ…両方ネコ科だし猫の子守りか…いてぇ!悪かったよ!黄助、鞭は止めろ!」

俺が子守りと口にした瞬間、黄助から鞭が飛んできた…
俺の魔力が足りないばかりに子ども扱い…うん、ごめんなさい。


俺達が出撃に備えていると王国軍に伝令が来た。

「報告!第一陣が接敵!後方に竜の姿を確認した模様!」
「何!種類は!種類はなんだ!?」
「種類はノーマルの様です!ただし現在5体が確認されています!!」

竜か…魔族には行くなって言われてるし、行っとくか?

報告は、まだ続いている。
どうやら第一陣は劣勢みたいだな、これから出る第二陣に勇者様が4人が居るらしい。
第一陣で出ておけと言いたい。

俺達は遊撃、勇者が魔族を倒す間、王国軍の邪魔にならないように魔物を間引くのが役目らしい。

そろそろ出撃らしいな…

俺は煙草に火を付ける。
こんな時くらい良いだろ?

肺一杯に吸い込み、フーーと紫煙を吐き出す。

「さて、行きますか?」
「み!」「がぅ」「ガウッ!!」「うむ!」

初めての魔物…どんなもんかねぇ?





【24】スタンピード〜魔石〜