『猫守紀行』

〜【30】行きたくない場所 by サウス〜




あれから宿で丸一日のんびりと過ごした…かった。

「……じーー……」
…もうね、何で居るとか何してるとかそんな事はどうでもいい。

「降りろ、そして出てけ…俺は寝る」
天井に張り付いてじーと口に出すパークファに向かって言い放つ。

空はもう明るい…寝る時間なんぞ、とっくの昔に過ぎていた。

「……そんな…女将さんが一緒の部屋で…寝ろというから居るのに…」
そう、女将さんに丸投げした結果パークファは俺の部屋と決まった。

コイツのお蔭でほとんど寝れてない…何せ、昨日の夜からこんな感じだ。
寝たと思ったら上から涎が垂れてきてマジ焦った…

しかし、白より早く起きたのは初めてだ、いや寝てないんだけどね。
白は俺の顔の横で丸くなって寝ている…

「……それに一人で降りれない…手伝いを所望…」
どうやって上ったんだよソコに…
朝っぱらからヤル気を削がれるな、本当に…

何とか下におろして体力的にも精神的にも疲れた…

「お前はもう天井に張り付くとかしないでくれ…頼むから」

パークファは少し考えるそぶりを見せて。

「………お腹が空いた…ご飯を所望…」
会話が成り立ってない…今考えたのは腹の減り具合を確認したのか?
ゴッソリと気力を持っていかれたな…

「あ〜、はいはい。ご飯ね。先に降りてろ、俺は白が起きてから行くから」

「……私…監視…でもご飯は大事…イエー」
ラップ調のリズムに抑揚のない声が乗る…
ポーズまで決める無表情娘。
だから、その知識は何処で手に入れたんだよ?

うんうんと頷き満足げに部屋を出て行った…監視より飯を取ったか。

脱力した体に活を入れる気も起きず、しばらく寝ている白を眺めていた。

寝ている白に一指し指で柔らかそうな脇腹当たりを擽ってみたり。
尻尾を撫でると指に巻きつけて来たりと飽きることなく弄っていた。

「み…?」
くぁ、と小さくあくびして本来俺が寝ている場所を探す白。

「み?…み〜!み〜!」
「はいはい、俺はココだよ。おはような白」
そう言いながらベットの上に腰掛け白を持ち上げて撫でてやる。

「み〜」
撫でる手に体を摺り寄せてくる白。
イカンな、食堂にむかわにゃならんのに白と遊びたくなってきた。

指で小さめの輪っかを作り白の前に出す…
不思議そうに見ながらも頭を無理やり突っ込んできた…
にょっと出てくる白、うむ、俺的に満足だ。

……白にも飯食わさにゃならんのだ、さっさと降りるか。

「さて、食堂で飯でも食うか?」
「み!」
良い返事だ、行くか。


「でねでね!?サウスちゃんがサラサラになってたの!」
「……あの手触りは…至高……」

「…女将さ〜ん注文したいんだけどいいかな?」
10歳児と自称暗殺者がサウスについて話しているのをスルーして飯を注文する。

「イチナさん、お早うございます。今日は早いんですね?……目にクマが出来てますよ?…ま、まさか、パークファと?」

ソルファよぅ…合って早々ソレは無いだろう?

「アホか、アイツが天井に張り付いて夜中じゅう口でじーって言ってるんだぞ?寝れる訳無いだろうが…そのくせ本人が寝たら寝たで上から涎が落ちで来るんだぞ?…ソルファ、代わってみるか?」

溜息を一つ着くと、白が抱えている手の指をチロリと舐めて慰めてくれた…
うん、ありがとうな。

白を一撫でして、飯が来るまで机に下ろしてやる。

「えっと…すいません。まさかそこまで、ずれているとは……」
ソルファに釣られてパークファを見ると…

マルニにサウスの抱き着き方について実演も兼ねて教えていた…
おい、止めろサウスはまだ飯の途中だろうが。
それにお前がやりたいだけだろ、ソレ。

サウスはパークファが乗ってもガン無視で飯を食っていた…諦めたのか?

「……あ〜、白は可愛いな〜?」
「え、ええ。可愛いですね…」
自称『暗殺者』から目を逸らす俺達。

女将さん特製のスープ(女将さんはコレしか作らない)をチロチロ舐めている姿を見てちょっと癒された…?
あれ?何時の間に飯が運ばれて来てんの?

ふと視線を上げるとマスターの後ろ姿が見えた…俺が気配すら感じないって…
何者だよマスター…少なくともガナ以上の穏行だ。

「ま、まあ、食おうか?」
そう言って飯を食い始める俺達だった…


飯も終わりギルドに行かなきゃならんのだが、行きたくない。

「これからどうするんですか?私たちは……ギルドに向かいます!!」
どうやらソルファも昨日の事が忘れられないようだ。

「ギルドか…行きたくねぇな、金くらい届けてくれないかねぇ?」
まあ、無理だろうが。

俺は『猫の揺り加護』で玩具の釣竿にボールの付いた猫じゃらしで白と遊びながら答える。
釣竿を引くたびに跳ねるボールを追って小さな体で精一杯跳ねる白。

食べた後は、運動しなくちゃね?

「イチナさん……本当に行きたくないんですね…」
そう問われ思わず釣竿の動きを止めてしまった。

「何を当たり前な事を…お、白が釣れたな」
「み〜」
釣竿を持ち上げるとボールを掴んだ白がブラーンとぶら下がっていた。

「うしっ、白で癒されたし。俺もギルドに行くかね」
行きたくはないが、行かなきゃならんのだから仕方ない。
その金でブースターアクセを買わなきゃならんし。

ぶら下がっている白を抱っこして黄助とサウスの所に向かう。

「黄助、サウス。これから出かける…ギルドにだ。お前等はどうする?」

黄助は無言で立ち上がりこちらへと歩いてくる。
その眼にはまるでこれから戦いに赴く戦士のような覚悟が宿っていた…それほどか。

サウスは…「キュ〜ン…」だよな。
サウスにとってトラウマになりかねん事態だったし。

「うん、サウスは留守番な?俺達が居ない間、女将さんのいう事を聞いて大人しくな?…乱暴が居たたらマルニ達を守る事。できるな?」

「ガウッ!」
よし、とサウスを一撫でしてその場を離れようとする俺。

「……私…監視……」
サウスの背中から離れず、顔を埋めたままそう言うパークファが居た。

「…監視なら着いてこいよ」
それが自然であるかのように、サウスの背中にしがみ付いているパークファ。
俺もコイツの存在を忘れかけていたほどだ。

「………」
お〜い、反応してくれ、サウスが困惑してますよ?

「……大丈夫…監視は何時でもできる…ちゃお…」
そう言ってサウスの背に顔をグリグリとこすり付けるパークファ。
それをマルニが羨ましそうに見ている…教えたんなら譲ってやれよ…

要は私は仕事よりサウスの方が良いから、行ってこいと…ガナよ人選ミスもいいところだぞ?

ハァ…行くか…
「そういやアリーナンはどうしたんだ?何時もなら白めがけてまっしぐらなのに…」
腹でも壊したか?…いや、その程度で止まる奴じゃないか。

「ああ、アリーは教会に行ってます。何でも創造の神が白メ、メイツらしくて」
何だその白メイツって…いや、分かるけどさ。
神ってあれだろ?ガトゥーネを除き、白の信者ばかりの集団だろ?俺はそう認識している。
ああ、ガトゥーネにも会いにいかねぇとな。

「今日は『信託の間』でし、白たん談義よ!と朝早くから出て行きましたよ…」
うん、ぶれないなアイツは…
しかし、ソルファから白たんとか白メイツとか聞くと違和感が半端無いな…

自分でも言ってて恥ずかしいのか、顔を赤くして最後は俯いてしまったソルファ。

「……行くか」
ちょっと眼福だとは死んでも言えない。
「……そうですね」

白と黄助をリュックに入れて俺達はギルドに向かったのだった。


「ついに来てしまったか…黄助、白を持ち上げて鼻の前に持って来い…俺のじゃねぇよ。」
黄助は鞭で白を持ち上げ『俺』の鼻の近くに持って来た…ちげぇ、俺じゃねぇんだよ…

「…黄助の鼻だ、白は暴れるなよ?黄助がつらい思いするだけだからな?…白の風神の加護は範囲が狭いからな…良いな?行くぞ?」

「み!」「…がぅ!」
おう、いい返事だ…黄助に間が開いたのが気になるが。

隣を見るとソルファも頬を叩いて気合を入れていた。
戦闘でもないのに、この様って何だ…


入ってみるとソコはまるで別世界だった…良い香り、だ、と?
何か香水の匂いか?……ぐぅっ!?

「ぐぁっ!?キツイぞこれは…黄助、絶対に白を鼻から外すなよ?」
そう、入った瞬間は良かった。

だが、香水の匂いで無理やり押し込めたあの臭いが一歩進むごとにブレンドされ吐き気を催す悪臭に変わる…
だれだ、こんな事始めたバカは…

「おかしいですね?臭いを取るのには香水が一番だと聞いたのですが…」
貴様かハフロス……

「ああ、イチナさん。よく来てくださいました。…おや?顔色が優れないようですが…ソルファさんも、大丈夫ですか?」

「黙れ、筋肉…お前はシェルパの冒険者を使い物にならなくするつもりか…うっぷ」
イカン、長文は命取りだ。
ソルファを見ると顔を青くしている…

「何の事ですか?それよりも受け渡し金の事ですがイチナさんは私の部屋に来てください。ソルファさんは受付で受け取ってくださいね」
では、行きましょうか?とさっさと『奥』に行ってしまうハフロス…俺に死ねと?

「ソルファ…お前は受け取ったら帰れ…」
ウンウンと頷くソルファ。
流石にココで待っている事は出来ないし本人の限界も近い。
恐らく受付が遠く感じている事だろう。

「ハフロスめ……行くか」
ソルファに別れを告げて歩き出す。
ギルドマスターの部屋に向かって……遠いなぁ。


ギルドマスターの部屋はきっちり換気されていて、あの臭いも香水の香りもしてこない…
俺の目にはこいつがラスボスに見えてきた。

ギルドマスターの部屋は簡素な執務室といった風情だ。
本棚に執務机、来客用のソファーなどが置いてある。
部屋の隅に観葉植物があるが葉に元気が無い、水をやってないのか?

普通の空気を吸ってようやく一息つけたので話を切り出す。

「で?俺だけ呼んで何の用だ?筋肉」
俺はリュックを外し、勝手にソファーに座る。
もう、ハフロスと呼ぶ気も無い…筋肉で十分だろう。

「筋肉…分かりますか?この肉体美が!?」
ポージングを決めるハフロス。

「そんな事はどうでもいいし、お前の体に興味も無い。話は何なんだ?態々ここに呼んだんだ金のことだけじゃないんだろ?」
まさか、喜ばせるとは思わなかった。

そうですか…と凹むハフロス、次の瞬間には真剣な顔で話し出す。

「ええ、イチナさんの『手柄』の事です。ファルナーク殿から聞きました。手負いとは言えノーマルドラドンの退治に……魔族2体の殲滅。いいえ魔族は勇者様が『倒した』のでした。正直、どのくらいの報奨を与えるべきか悩んでいるのですよ…あ、二つ名は受け取って貰いますからそのつもりで」

「なんだ、二つ名って…アレかルナの『時姫』見ないな奴か?いらんぞ俺は」

「そうですね…他の冒険者から応募した所、候補は『猫の子守り』『白たんの最後の壁』『見えない剣閃』『斬り散らす』後は…「もういい…」そうですか?」
最初の二つは誰かわかった…子守りはルナだし、壁はアリーナンだろうな。

「候補の中からこちらで選び縮めて発表することになります」
発表とマジでやめてくれ…

「なあ、何で縮めるんだ?」
「言いにくいでしょう?ファルナーク殿の時姫ももっと長かったんですよ?」
それは、知りたい気がするな…

しかし…俺もルナみたいに名乗りの時に二つ名を名乗ったりするようになるのか?
うん、想像できん。
…こう言うのって自分で決める物でもないが応募かける物でも無いよな?

「猫の子守りは外してくれ。黄助が怒る。子守りは白だけだ、な?」
黄助に問いかけると「がぅ」と返事が返って来た。
白は「み!み〜!」と怒っているようだが…

「それと報奨の件だが、魔石を使ったブースターってないか?大量に持ってるから何とか使えないかと思ってるんだが…」

「魔石をそのまま使ったブースターアクセですか…確かに買い取った魔石は一度魔力から強制力を抜く作業が有るため純度も落ますが魔力自体をアクセに移すので容量が大きければその分多く魔力が保有出来ます。確かにそのまま使えれば安上がりで純度も高いままです…しかし、それが良いかどうかはわかりませんね。アクセの魔力は補充できますし」

「ふむ、魔石を付け替えれれば最高だったんだが…そうそう上手くいかんか」

「そうですね、引き出せる魔力の量も純粋な魔石に比べると格段に落ちますが、魔石を売って性能のいいブースターアクセを買った方が良いでしょうね」
確かにもう、魔石を飲む事はしたくない。

「ブースターはコッチで何とかするか…報奨はそうだな、竜退治の分だけ上乗せしてくれ。それと二つ名の発表は止めてくれ…」

分かりましたと言うと懐から四角い金貨2枚取り出すハスロス…
「では、これが報奨金となります。ノーマルドラゴンと私の気持ちを上乗せした金額です…丸金貨ではなくて悪いですが」

は?

懐からはチャリチャリと音が聞こえるまだ入っているようだな。
迷うってたのは、幾ら渡すかじゃなく丸か四角かを迷っていたのか?
バカかコイツ…

少し欲張って魔族2体分も入れてたら丸金貨だったのか?
……言っちまったもんはしかたねぇか。

「有難く受け取るよ。それじゃ行くかねぇ」

金貨を受け取り、黄助をリュックに入れる。
…白は俺の横で丸くなって寝ていた。
起こすのも忍びないが、白が居なきゃ黄助が大変である。

白を起こして部屋を出ようとするとハフロスから声がかかった。
「あ、そうでした。イチナさんはランクアップテストを何時でも受けれるように手配して置きましたので、受ける際は受付でお願いしますね?」

俺は有難いが…良いのかソレ?
まあ、いいか。

俺は、あいよと返して部屋を出るのだった。


ギルド内に戻ると窓は全開で魔道士達が風を起こして臭いを外に出している最中だった。

「イチナ、お主も来とったんか…ひどい臭いじゃったのぅ一体だれが…」

「ハフロスが良かれと思って香水をまいたんだ。その結果があの惨状だが…もう結界みたいに据え置きの魔法で常に換気した方が良いんじゃないか?臭いが染みついてるぞココ」
もしくは建て直すかした方が良い。

風の魔法を使っていた魔道士がそれだ!!と声を上げる。
「いちいち、魔力をこんな事に使ったられるか!」
「そうよ!設置型の魔法なら、こんなに、ちょいちょい臭い除去に駆り出されなくてもすむわ!!」
「俺、今、師匠から設置型の魔法を教えてもらってるんだ、人が入ったら発動するタイプの感知型が良いと思う!」
「設置効果は永続じゃないと話にならんぞい?魔力はどうする?」
「スタンピードの時の魔石を使えばどうだ?ブースターと違って補充が出来んが幸い数が有る。設置型ならそれほど魔力も食わんし、皆で出し合えば…」
「「「「「「決定!!」」」」」」
あれよ、あれよと意見が出て設置する方向で決まって行く。
皆、嫌だったんだなやっぱり。

「ならば我が話を通して来ようかの……」
ルナが拳を握りながらそう言った。
アレか?肉体言語でのオハナシってやつか?

臭い除去していた魔道士達から一斉に、お願いします!!と頼まれたルナはギルドマスターの部屋に向かって歩いて行った。

しばらくして天井からパラパラと埃が落ちてきた…揺れてる?

「設置の許可を貰ってきたぞ!」
ルナが帰ってきてそう言った…拳や頬に着いた血は気にしない方向でよろしく。

それを聞いた魔道士達が一斉に集まり、どんな魔法を設置するか話し合っているようだ。

「おかえり……無事か?」
「む?ああコレは返り血じゃよ。心配したのか?クフフッ」
いや、むしろハフロスが心配だ。

「うん、まあいいか…金が入ったから、これからブースターアクセを見に行きたいと思うんだが確かルナが見繕ってくれるんだったか?売ってる所に案内してくれ。一緒に見たいしな」
まあ、アレだ…デートの続きだなコレは。

はっ!と何かに気づいたルナ。

「う、うむ!!では行くかの!!」
ウキウキとしたルナに連れられて俺は苦笑しギルドを出る。


せめて、その返り血は拭ってください。





【31】監視と煙草